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経済学殺人事件/マーシャル・ジュボンズ

 この本は『経済学部唯野教授』なのだと認識して読むべきなのだろう。
 筒井康隆の『文学部唯野教授』が、ストーリーよりも作中講義における文学理論の説明によって注目されたのと同じように、この『経済学殺人事件』についても、作中でなされる経済学への批判、擁護、説明などを楽しむべきなのだろう。少なくとも、一般的な意味での推理小説ではない。

 ストーリーは、ハーバード大学の終身任用教授への昇任を審査された若手経済学者と、昇任審査委員会の委員2人が殺害された事件をめぐるものである。委員会で昇任を否決された若手経済学者は自殺し、その恋人が否決票を投じた2人を殺したという形で一度は決着がついたが、委員会のメンバーである経済学部の大物教授スピアマンの推理によって真相が明らかになる。
 スピアマン教授は、世のあらゆる事象を経済学の知見に基づいて説明する人物で、もちろん議論好き。若手経済学者の研究業績(というか、経済学的なものの考え方)に難癖をつける他学部の教授たちに反論する場面が一つの見所。
 心理学者は「極めて複雑な生き物である人間を、幸福を求めるだけの単純な存在にしている」と、犯罪社会学者は「人間が常に損得計算して行動を決めると考えるのは、時代遅れの現代版ベンサムのようで馬鹿げている」と批判するし、ソビエト出身の化学者は「1つの製品につき複数のブランドがあるのは広告料の分だけ無駄だ」と主張する。これらの意見に対してスピアマン教授が反論する場面が、本作品のハイライトの一つだ。

 ストーリー展開上は、スピアマン教授が真相を明らかにするが、そのプロセスも経済学を用いている。すなわち、アリバイについても凶器についても、まったくヒントが与えられていない。ただ一つ、経済学に照らして非常識な言動をした人物に思い当たれば、自動的に真犯人にも動機にもたどり着くという寸法なのだ。だから真犯人は、なぜスピアマン教授が真相を知ったのか理解できないでいる。幸い、我々読者に対しては説明をしてくれているが。
 一般的な推理小説とは違うルールの下で書かれた作品だと承知の上で読めば、なかなか面白い。経済学部教授の戯れ(マーシャル・ジュボンズというのは有名な経済学者の名前を合体させたペンネームで、著者は2人の経済学者)の域を超えた作品だ。

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