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土/長塚節

 明治末期の貧農一家を描いた日本農民文学の代表的一作。暗くて、重苦しくて、常に頭を押さえつけられているような圧迫感がつきまとうし、最後までハッピーエンドは訪れない。だが、妙に病みつきになるタイプの小説だ。

 舞台は茨城県結城郡辺りの、土浦から内陸に入って鬼怒川の手前辺り。集落の西端に住む勘次一家の数年間を描く。
 冒頭でいきなり妻が体調を崩して寝込む。出稼ぎに行っていた勘次は呼び戻され、いったんは小康状態になるが、その後症状が悪化し、死んでしまう。原因は堕胎した後の処理が拙かったことによる破傷風。
 残されたのは勘次、15歳の娘、3歳ぐらいの息子、そして野田の醤油蔵で住み込みで夜回りをしている義父だ。この4人の生活が描かれる。
 貴重な労働力を失った勘次は娘を農作業の戦力として当てにし、鍛える。裁縫教室には通わせるものの、基本的に手元から離さない。結婚相手を世話するといわれても聞く耳を持たず、村祭で若い衆がちょっかいを出すと激怒して連れ帰ってしまうわで、村人からは関係を怪しまれる。年々、相思相愛だった女房に似てきているのは確かだが、そういう関係ではないようだ。
 女房が死んだ当座は、先代から残された借金に加えて治療費が嵩んだこともあって極貧だった。そのため勘次は、東隣の地主のサツマイモを夜中に抜いたり(でも幼い息子が「サツマイモ食べたよ。でも父ちゃんには黙ってろって言われてるんだ」と無邪気にしゃべってしまうのだ)、他人の畑の玉蜀黍を盗んで村人たちに追われ地主の屋敷に身を隠したりと、なりふり構わない生活態度だった。
 だが、娘が野良仕事を覚え、勘次も懸命に働いたため、段々と暮らしぶりはよくなった。そうすると村人の嫉妬の対象になった。薪を沢山溜め込んでいたことが怪しいと巡査に密告され(実際、真っ当な手段だけで集めたわけではなかった)、地主のとりなしを仰いだ。
 そうこうするうちに、野田の醤油蔵に勤めていた義父が帰ってきた。義父と勘次は反りが合わないためろくに会話もしない。娘が間に入ってなんとか成り立っているが、義父がそもそもムッツリしている人柄ということもあって、和やかなムードにならない。義父が自分用の小屋を立ててそこに籠もると、勘次・娘・息子の3人の会話が弾んでいるように聞こえ、義父は孤独感を深める。
 それでも義父は持ち前の器用さを生かして藁を編み、草鞋をつくり、自ら稼いだ小遣いの中から幼い孫(勘次の息子)に駄賃を与えて内心喜んだりしていたのだが、徐々にリューマチが悪化して手先が効かなくなってくる。
 ある日、寒くて囲炉裏に火をつけて暖を取っていた義父と孫だったが、義父が目を離した隙に孫が火遊びをして火が広がった。すぐに対処すればよかったのだが義父の身体が動かずにモタモタしているうちに積んであった薪に燃え移って天井まで火が移ってしまった。あっという間に家は全焼し、隣の地主宅にも燃え移った。
 焼け跡で勘次は義父の財布を拾い、再建費用にそれを使う。罪悪感もあって自殺を図った義父に気遣いの言葉をかけるようになり、これからは義父に対してちゃんと接しようと決める。

 ざっとしたあらすじを書いたが、ちょっと誤読もあるかもしれない。地の文は格調があってスムーズに読めるのだが、方言をそのまま文字にしたような会話文が実に読みづらい。会話が難読で地の文で補うという、小説としては珍しいタイプだ。
 また、あらすじといえるほどの一貫したストーリーは、実はない。
 主題と思わしい事柄が転々と移り変わっていくのだ。貧農が豊かになる物語というには火事の後の再上昇があまり述べられていないし、囲い込まれた娘がどのようになるのかも描かれていないし、義父の老いと孤独がテーマというにしては自殺未遂の後の心境が描かれていない。結末は勘次と義父の和解を描いているのだが、それを主テーマというには勘次の心境が変わった理由・きっかけが描かれているわけでもない。だから、総括するならば「勘次一家の7年」とでもするしかない。
 でも、構わない。表面上のストーリーとかそういうものではなく、重低音の旋律を楽しむタイプの小説だと思う。その意味で私は中上健次の『枯木灘』が近いように思った。

おススメ度:★★
(私は楽しんだが、だれもが好むタイプの作品ではない)
農村土着度:★★★★
(民俗学的な関心のある人はそういう面でも楽しめると思う)

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