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マイ・アメリカン・ジャーニー/コリン・パウエル

 黒人として初めてアメリカの国務長官になったパウエルの自伝。むしろ湾岸戦争時の統合参謀本部議長としてのほうが知られているか。彼が統合参謀本部議長を退任し、それと同時に陸軍を退役したあたりまでのことが書かれている(したがって、国務長官時代の内容は含まれない)。

 私などは、コリン・パウエルを湾岸戦争の戦況を発表する人という印象で捉えていたのだが、アメリカ社会にとっては軍の中枢に上り詰め、政府のトップレベルの役職を務めた「黒人」という意味づけの方が大きいようだ。
 ジャマイカ移民の両親のもとで、ニューヨークのサウスブロンクス(黒人が増えてユダヤ人が去っていった地域。87分署シリーズでいうとリバーヘッド?)に生まれ育ち、陸軍大将にまで出世したというのは、絵に描いたようなアメリカン・ドリームらしい。
 ただし、彼の文章を読むと淡々と出世している印象を受けてしまう。陸軍はアメリカ社会の中で最も黒人にチャンスを与える組織だという記述を繰り返し、尊敬できる上司と同僚に恵まれて出世の階段を上ったというのが基本的なトーンなのだ。黒人差別の実体験が語られるのは軍の外の出来事が主で(ワシントンからジョージア州の基地までの間でトイレを借りられないとか)、軍の中でのそれは、出世した後に振り返って触れられる程度だ(「君は黒人の中尉の中で最も優秀だ」とか言われた)。そういう差別撤回を声高に主張しない、控え目で優等生的な性格が彼の出世に寄与しているのだろう。

 そんな中で、ほとんど唯一実名を挙げて非難されているのは成績表に「中」の評価をした上司だ。それも無理のないことで、アメリカ陸軍では高倍率の出世競争を勝ち続けなければならない。
 1976年に大佐になったことを回顧して
「その当時の軍には、昇進させるか否かを決める明快な原則があった。このシステムは厳しくて競争が激しく、民間人にはおそらく理解しかねるほど容赦のないものだった。次の階級に昇進できなかった者は、その階級で待機していればよいというわけではなかった。昇進を一回以上見送られた場合、後進に道をゆずるために引退しなければならないのである。競争は、階級が上がるにつれて厳しくなる。100人の中尉のなかで大尉になるのは60人。こうして生き残った60人の大尉のうち、少佐になるのは60パーセントである。その36人の少佐のうちで中佐になるのは約40パーセント、すなわち100人のうちで中佐になれるのは14人でしかない。この14人のうち、大佐になれるのが約30パーセント、たった4人である。そして、この4人の大佐から准将に栄進するのは1人。というわけで、100人の中尉のなかから准将になれるのはただ1人なのである。」
 また、新たに将軍になった(准将になった)52人の前で陸軍長官は
「諸君の大半は、今回の昇進が最後の昇進だということも認めなければならない。(中略)少将になるのはこのなかの半数だろう。中将になるのは、せいぜい10人だ。四つ星の大将になるのはたぶん4人だろう」
と述べたという。中尉1300人から大将1人ということだ。大相撲の横綱よりも厳しい。

 印象的なエピソードはいろいろあるが、弁護士から政府に参画した人物の「おのれのエゴと自分の立場を切り離しておきなさい、そうでないと立場が悪くなったとき、自分までだめになってしまう」という話が役に立ちそう。弁護士らしく、主張する内容と自分の信条を切り離すということで、具体的には空母サラトガの改修をどこで行うか検討した結果ノーフォークがベストという結論になったのだが、モンデール副大統領の天の声でフィラデルフィアにするように決められた際に、しれっとフィラデルフィアの利点を挙げて議会で証言したエピソードが添えられている。

おススメ度:★★★★
(生い立ちやらは優等生過ぎて起伏がないが、陸軍に入ってからの話は面白い)
時事ネタ度:★★★★
(オバマブームにあえて1時代前のパウエル自伝を読むというのも良いと思う)

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