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さらば気まぐれ美術館/洲之内徹

 シリーズ最終巻。著者の死をもって連載は唐突に終了した。それをそのまま収録している。70歳を超えて死を意識した記述が増えているものの、最後まで現役感を漂わせている。

 自らのコレクションを見ながら「これきり二度と見ない絵もあるかもしれない」とつぶやくような心境だからか、好きな画家、思い入れの深い画家に言及する頻度がまた高まっている。取り上げられた絵も「明らかにいい絵」が多くなっているし、絵に即した文章の面白さも蘇った感じがする。
 でもやっぱり私は絵と直接関係のない部分で思いがけず笑ってしまったりする。「女のいる部屋はだから厄介なのだ。天来の声ともいうべきシュワルツコップの歌う<ヴィリヤの歌>を聞いている最中に突然、八年も前の恨み言を聞かされることになる」というところだったりする(文脈から切り離すと面白くもないが)。
 あるいは、読者である独居老人を訪ねた折に、立ち去るときにほっかほか弁当を渡されて感激するくだりとかが印象に残るのだ。
 さらにいえば、著作権者の許諾が得られずに図版が載せられなかった作品について、あれこれ考えてしまったりする。きっと、雑誌掲載時には許諾したのだろうけど、いざ掲載誌を見ると意に沿わない内容、直視したくない内容だったので単行本化するときには許可しなかったのだろう(だって本文でそれぞれの絵を取り上げて言及しているんだぜ)。それはわかるのだけど、単行本をつくるときには著者はもう亡くなっているわけで、それにもかかわらず、あるいは、だからこそ許可をしなかった心理は余人にはわからないのかなあ。

 とまあ、絵心のない者でも楽しめる。絵心のある人や絵の好きな人がどういう読み方をするのかは、知らん。

メモ:その日その日の動物がどの方角から現れてどの方角に去るのか知っている猟師の話が佐藤渓と絡めて触れられている。
 
おススメ度:★★★★
(3作目、4作目あたりはハードルを上げすぎていたんだなあ)
メルヘン度:★★★★
(60を過ぎてもうけた子についての言及は御伽噺のように現実感が感じられない)

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