« さらば気まぐれ美術館/洲之内徹 | トップページ | 南ヴェトナム戦争従軍記(全)/岡村昭彦 »

Litti ピエール・リトバルスキー自伝

 西ドイツ代表選手としてワールドカップ優勝を経験した後に、Jリーグにやって来たリトバルスキーが来日2年目、34歳のときに書いた自伝。

 所属クラブ(主に1FCケルン)や代表チームにおける監督、チームメイトとの関係が主題。
 監督との関係は、それぞれの人物像によるところもあるが、サッカー界の趨勢も背景としてある。フィジカルの重要性が増し、特定のスター選手に依存しないチームプレー重視のプレースタイルが支配的になる中で、リトバルスキーのようなドリブラーの評価が万人に愛されるものから、評価の分かれる存在に変化していることが触れられている。それゆえ「かけがえのない選手というのはもう存在しないのだ。だから、次の試合では自分が外される可能性があることをみんな常に自覚することになる。こうして、プレッシャーや不安、競争、そして試合後の孤独感が大きくなっていく」。
 チームメイトとの関係は、かなりギスギスしたものとして描かれる。「チームプレーが重要になってくるにつれ、選手同士の関係も親密になるだろうなどと考えるのは大間違いだ。チームリーダーとそれに追随する者、そしてまったく発言権をもたない者、というチーム内の厳格な上下関係は依然として変わらない。チーム内が整った上下関係を維持する限り、普通は一人では決して決められないようなチーム全体のことを、数人のリーダーたちが決めることになる。(中略)そういうわけで、サッカーを超えた本当の友情を培うことはとても難しい。選手としてのキャリアの中で、わたしが本当に友人と呼べるのは、トーマス・クロート、ヴォルフガング・ロルフ、フランク・オルデネビッツだけだった」。

 リトバルスキーの自己評価は、控え目で遠慮深く自己主張が弱いというものだ。それゆえ、ヨーロッパでは損ばかりしていたのだが、日本ではこういう性格のほうが受け入れられやすく、それゆえ過ごしやすいという。
 まあ、レギュラーをなかば保証され、自分の好きなドリブルやトリックプレーが十分に通用する状態なのだから、快適なのは当然だろう。日本にだって、リトバルスキーが描いたようなチーム内でのギスギスした競争関係は存在する。たとえばプロ野球ではV9時代の巨人のレギュラー選手が、自らの定位置を脅かす若手選手のスパイクに画鋲を仕込んだとかいう話もある。リティの感じた快適さは、選手としてJリーグのレベルよりも高かったからこそだ。その意味で、Jリーグの監督として失敗した現時点での日本観を聞いてみたい気もする。

おススメ度:★★★
(80年代ドイツサッカーの様子がわかるけど、トーンは暗め)
成長物語度:★
(彼は初めから有望選手で、葛藤がありつつも順調なキャリアですよ)

|

« さらば気まぐれ美術館/洲之内徹 | トップページ | 南ヴェトナム戦争従軍記(全)/岡村昭彦 »

スポーツ」カテゴリの記事

自伝・伝記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/106060/44208423

この記事へのトラックバック一覧です: Litti ピエール・リトバルスキー自伝:

« さらば気まぐれ美術館/洲之内徹 | トップページ | 南ヴェトナム戦争従軍記(全)/岡村昭彦 »