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楕円球の詩 自伝・林敏之

 ラグビー選手の自伝。これは拾い物だった。ラグビーに詳しくない人でも、神戸製鋼の黄金時代にいた、白いヘッドキャップをかぶって口髭を生やした選手といえば「あの選手か」とわかるかもしれない。

 引退直後に書かれた自伝なので、よくある実績を羅列したようなものかと、さほどの期待をしていなかった。実際、同志社で大学日本一になる、神戸製鋼が強くなる過程、オックスフォードへの留学、バーバリアンズへの参加、最後になった3分間の公式戦出場、手術とリハビリ、公式戦出場がかなわなかったラストシーズン、と随所に山場が設けられている。
 しかし、それだけではない。内面的なことも書かれており、全体として「青春」感に溢れている。たとえば高校時代を振り返って、
「思い起こせば、そんな平穏な日々を過ごしたわけだが、高校時代は、私にとって悩み多き時代でもあった。あの頃の私は非常に内向的で、いつも、いつも、説明不能の、わけのわからぬ悲しさや虚しさにとらわれていた気がする。あの悶々とした気持ちを、歳月を経てから、文章にするのはとても難しい。」
と書く。ラグビー無名校(進学校ではあった)の選手ながら高校日本代表に選ばれるなど、それなりにエリート的な存在だったはずなのだが、それとは関係なく青春の悩みってものがあるというのは、なんだか身近に感じられる一文だ。
 素朴で純粋な選手が多い新日鉄釜石が好きだったという記述があるが、本人もラグビーに対して「素朴で純粋」だったことが文の端々から感じられて好感度が高い(元々好きな選手だったということを差し引いても)し、なんだか理由もわからず涙腺を刺激される箇所も多い。

 1980年10月19日の日本代表対フランス代表(於トゥールーズ)は、日本での注目度は低く、試合結果も敗戦だったのだが、選手達にとっては「ベストゲームの一つ」といえるものだったという。この試合の前の情景を描いたところなど、淡々としているのだけど、選手自身のテンションの高まりが伝わってくる。
「ブランチを済ませ、最後のミーティングを行い、部屋に戻ると、誰が書いたのかドアに張り紙がしてあった。
『目の前の敵を殺せ・勝つ』
 それを見た瞬間に涙が吹き出した。」
「薄暗い地下道を抜けようとすると、出口からは白い光が射し込んできた。忘れることのできない幻想的で美しい光景。隣で、フッカーの藤田が『ちくしょう、こんな奴らに負けてたまるか』とつぶやいた。」
 こういうのに私は弱い。
 ほかにも、試合前にその時々のキャプテンがチームメイトにかける声がそれぞれ異なっていて、いずれも興味深い。「俺が倒れたら踏みつけて前へ進んでくれ」「胸の中で、桜(日本代表のエンブレム)の叫びがわかるはずだ!」「主将の声が壁に響く。『Who are we?』メンバーが答える。『OXFORD!』3回叫んでグラウンドに飛び出した」などなど。
 
 まったくの偏見だが、ラグビーこそは男のスポーツだと思う。いや、私はラグビーマンではない。高校の授業でかじった程度だ。日体大ラグビー部出身の体育教師に指導されてラグビーをしたのだ。この競技は、異常にテンションが上がる。そして、異常にハードだ。特にFWのハードさは凄まじい。スクラムやラック、モールのような「押し合い」がFWの仕事というイメージがあるが、それ以前にボールのある所に移動するのが大仕事だ。というような些細な経験で、ラグビー選手、特にFWの選手への尊敬の念が強まった。
 なかでも林敏之は私が一番好きな選手だった。黙々とプレーする武骨な選手で、格下の学生相手でも「クラッシャー」ぶりを発揮する(というより力をセーブすることができないような)選手だった。
「私は、ロックとはチームで一番強い男が務めるポジションであるという信念を持っていた。少しでも痛そうな顔をすれば、相手になめられる。だから、どんなに痛くても我慢したし、魔法のやかんの世話になったことも一度もなかった」
「グラウンドに出れば足が折れるか、腕が折れて動けなくならない限り、外には出られない。80分間自分と戦い続けなければ。だから、グラウンドに出るのは本当に怖いんだ」
という記述は、当時の彼のプレースタイルにマッチする。

 以下はメモ。
 ラグビーを始める前にサッカーをしていた中学生時代、地元徳島にやって来たヤンマーの試合を見たときの感想。
「ヤンマーといえば釜本邦茂選手である。楽しみにして、試合会場に行くと、釜本選手は欠場しており、控え室に座っていた。なんとなく、その前をうろうろしていたら、『試合が見えんだろうが。うろうろするな』と怒鳴られた。声の主はといえば、釜本選手その人である。周りの選手たちは笑っているのに、あの、ぎょろりとした目だけは、こちらを睨んでいる。恥ずかしいのと悔しいのとで、すぐに逃げたが、『子供相手にそんなに怒らなくてもいいのに』という気持ちと同時に、ほかの選手とは違う情熱のようなものに感動したことを覚えている」
 いやいや、なんか目に浮かぶわ。

おススメ度:★★★★
(何かに熱中した青春の記録ですよ)
ラグビー度:★★★★★
(ラグビー以外のことはお義理に触れる程度)

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