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プリズム/貫井徳郎

 義姉が頭にきた本シリーズ第1弾。
 確かにこれはひどい。以下、内容を詳述しながら酷評するので未読の方、気を悪くされる方はお帰りください。

 女性小学校教諭が自室で殺害された事件について4人の語り手が推理をしていく。
 第1章は教え子の小学生が語り手。小学校の同僚女性教諭が犯人だろうと推理したところで終わる。
 第2章はその同僚女性教諭が語り手。被害者のモトカレの医者が犯人だろうと推理し、本人に突きつけたところで終わる。
 第3章はそのモトカレが語り手。被害者が不倫をしており、その相手が同じ大学病院の医師だと知るところで終わる。
 第4章はその不倫相手の医師が語り手。被害者の教え子である自分の息子(第1章の語り手)を疑いながら終わる。 
 事件の決着がつかないままに「あとがき」に至る。ご丁寧に太字で「真相に触れていますので、本文をお読みになってから目を通してください」とまで記されている、その「あとがき」で書かれているのは、、、、、

(くどいようですが、以下、内容を書きますよ!)

 著者によれば本書は、エドガー・アラン・ポーの生み出した本格ミステリの3つの系譜のうち「マリー・ロジェの謎」の流れを汲んだものなんだってさ。へぇ~(無感動)。
 でね、この作風ってのは「最終的な結末があまり重視されない」。で、「一応最後に意外な結末が提示されますが、真相が他の仮説よりも際立って面白いわけでも、また論理的に堅牢であるわけでもありません。単に作者がそう決めたから、それが結末と決定しているだけのことです」。はぁ(何言ってんのこの人?)。
 本書の「最後に指摘される犯人(教え子の小学生)には多くの読者が驚かれたことでしょう。そして疑問をお持ちになったはずです。『結局真犯人は誰なの?』と」。なぜなら著者は「本来作者が握る決定権を、読者に委ねてしまおうと企図した」んだと。でもって「本書内では十とおりの仮説を構築しました。ですが、まだまだ新たな説が組み立てられるはずです。…(中略)…こうした試みは、ミステリならではの大変楽しいものです。本書を基に、そうした楽しみを読者に味わっていただきたい」というのが執筆の意図なのだと。
 これが「あとがき」の内容のすべてだ。

 意欲的な作品だということはわかった。しかしその意欲は空回りしている。
 仮説構築とその崩壊のプロセスを楽しむ、というのが本書の楽しみ方だというが、ちっとも楽しめなかった。仮説が10あろうとも、どれもパッとしないのだ。どんなに新情報がもたらされても、新推理を披露されても、読み手の私は醒めている。
 恐らく、設定や条件がユルユルすぎるのが原因だ。ストーリーに絡んでこない未知の第三者が犯人である可能性が残ったままなのだ。せめて限られた範囲の中に犯人がいるってことにしてもらわないと。

 もっとちゃんと説明すべきなのかもしれないが、その労力をかける気にならない。
 というか、そもそもおススメ度の低い本を取り上げるのは私のポリシーに反するのだ。でもまあ小田嶋隆が唱える「まずいものを一緒に食べると連帯感が高まる」に照らしていえば、あれがひどかった、これがひどかったと話が盛り上がって読んだ者どうしで共鳴しやすい作品ではある。

おススメ度:★
(共通の話題として盛り上がるという利点はある)
義姉共感度:★★★★★
(理由は多分違うのだろうけど結論は一緒になった)

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