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マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝

 自伝といっても1995年、34歳のときに書いたものだ。しかも内容はほぼ1980年代までのことで、上院議員どころか政治家にすらなっていない。書かれているのは基本的に「自分は何者なのか」「自分の居場所はどこか」を探る心の旅だ。

 簡単にまとめれば、ケニア出身の留学生である父と白人である母の間にハワイで生まれ、母の再婚相手であるインドネシア出身の留学生であった2番目の父と暮らすためインドネシアに渡り、中等教育を受けるべくハワイに戻り、大学卒業後は実業界で数年働いた後にシカゴで「コミュニティ・オーガナイザー」となり、ハーバードのロースクールへの入学が決まったのでその前にケニアの親類を訪ねて祖先の物語を聞いた。ということである。
 出世物語とは縁遠い。インドネシア時代まではともかく、ハワイに戻ってからは人種問題についての内面的な思索と、その反映としての行動について書かれている。文中でも言及されている『マルコムX自伝』の系譜に連なるタイプの自伝だと思う。同じように政治家として大成したコリン・パウエルの自伝とは趣きが違う。
 無名の若者の内省では需要がないと思うが(初版は売れなかったらしい。そりゃそうだ)、大統領の若書きとなれば話が違う。そう思って読めば、なかなか感じるものの多い一冊だ。

 内容を詳述してもキリがないので印象的だった箇所について。
・エリート留学生だった2人の父がいずれも母国に帰ってから「挫折」する。ケニアでは独裁者に直言して疎まれ、インドネシアでは現状に妥協して理想を捨てる。なんかいかにも発展途上国な話で萎える。
・母方の祖父は開明的というか、「人種差別なんて知らない」というスタンスの持ち主だが、同郷・同世代の黒人の友人がオバマに語る言葉がアメリカの現実なのだろう。「彼はここに来て、私のウィスキーを飲み、今お前が座っているその椅子で、うたた寝することができるんだ。赤ん坊みたいにスヤスヤとな。いいか、私が彼の家に行っても、それは絶対にできない。絶対にだ。どんなに疲れていても、気を抜くことはできない。生き残るためには、油断はできないんだよ」。
・オバマは1961年生まれで、公民権運動の後の世代に当たるが、この世代での人種差別はより潜在的、あるいは無意識的なものになっている。なんか実感しやすいかも。
・アレックス・ヘイリーの『ルーツ』がテレビドラマとして大ヒットしたのが1977年だから、その影響も大きいのだろう。文中に「私は父の人生を、かつて母が買ってくれた『起源』という本に載っている物語のように捉えていた」という訳文があるが、これは『ルーツ』のことなんじゃないの?

おススメ度:★★★
(ワクワクドキドキの成長譚ではないけど)

ダメンズ度:★★★★
(2人の父の挫折ぶりが意外と重要なファクター)

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