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大観自伝/横山大観

 明治元(1868)年生まれの横山大観が昭和25(1950)年から1年間にわたって半生を振り返り、『大観画談』として刊行した。1981年に講談社学術文庫に収録する際に「自伝」へと改題された。

 まるで漱石『坊つちやん』を地で行くようだ。
 大学予備門付属の英語専修科を受験する際に、中学卒業者には通常のルートのほかにショートカットの抜け道があって、その両方を受験したら試験官の中に犬猿の仲の顔見知りがいて「ショートカットで受けられるのに通常受験もするとはけしからん」と不合格にされてしまう。
 これだけでも漱石の小説みたいな話なのに、意地になって翌年以降の再受験することをせず、東京美術学校(現在の東京芸大)の第1期生になるというのも、「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」を彷彿させる。
 その後は、京都で教職を得て上司が見合いの相手を探して東京に行っている間に清滝あたりの茶店の娘かなんかと縁談を進め、上司が激怒すると、面倒くさくなったといって職をなげうって東京に帰ってしまったりする。箱根の先には魔物が住んでいるとか?

 外国旅行は例によって貧乏旅行なのだが、盟友・菱田春草とともにインド、アメリカ、イギリスの現地で絵を描いて売り、自分たちの旅行費用を賄っただけでなく日本に仕送りまでした。そのいきさつは次のような感じ。
その時分、日本では私たちの絵には20円くらいしか払ってくれない時代でした。ところがあちらの展覧会を見ると、半紙ぐらいの大きさの水彩画が、何千ドルとか何万ドルというのです。20円というと当時は向こうの10ドルでしょう。そこで一番安いので3000ドル、一番高いのは1万2000ドルとしました。大変な価をつけたものです。何しろ2人の旅費の1000ドルも残り少なくなっていましたから1点でも売れればという心臓でした。
 さて、いよいよ蓋をあけてみると、事は全く意外で、高い方から売れてしまいました。安い方もだんだん後で売れる。あちらでは高い絵がよいという考えらしいですね。

 基本的にサクセスストーリーではあるが、もちろん障害、苦難、逆境はある。
 恩師・岡倉天心の失脚(?)に伴って北茨城・五浦に引っ込んだ時期は、大観と菱田は「朦朧派」として批判の矢面に立ち、絵の注文もあまりなかったという。北茨城へ同行した下村観山には頻繁に注文が入る一方で、大観と菱田は港で魚を釣って夕餉の足しにしたとか。
 そして、性格は正反対だが、だからこそ行動を共にしたという盟友・親友である菱田春草が若くして目を患い死んでしまったこと。それと近い時期に岡倉天心も、大観の妻子も亡くなっており、孤独感を深めたという。

 そうした逆風も、80歳を越えた大家の語る半生記であれば、どこか達観して語られる。だから暗い要素は少なくなり、明るく愉快な成功譚が前面に出てくる。そのため楽しんで読める。

おススメ度:★★★
(分量も少なくお手軽に読める)
明治痛快度:★★★★
(明示されない敵対者にトータルでは勝ち続けるので)

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