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2005年6月23日 (木)

ユース代表と日本の未来

 ユース代表は、まったくつまらないチームだった。しかし、そんなチームが強烈な一発を与えてくれた。日本が判断力や戦術眼の面で世界に追いつく日は、あるいは永遠に来ないのではないか。

 緒戦のオランダ戦、クインシーの突破はあまりにも強烈だった。それは、クインシーの能力が素晴らしかったからではなく、日本のレベルの低さが見事にさらけ出されてしまった気がしたから。得点につながったあのシーンは、体力や技術以外の面での差を如実に物語っていたと思う。
 結果的には抜かれてしまった2人の選手は、あの時、明らかに余裕を持っていた。つまり、「この間合いで真っ正面に立ったら、相手は止まる。仮にそのまま突っ込んできても、ファウル覚悟なら止められる」という確信があったのだと思う。彼らはファウル覚悟で体をぶつけに行ったのではなく、腰を落としてクインシーの正面に立ちふさがったのだから。
 しかし、実際にはファウルする暇もなく、あっさりとかわされてしまった。それはつまり、彼らが抱いた「確信」が誤っていたことを意味する。なぜか。クインシーの能力がとんでもないレベルだったからか? 確かにそうかもしれない。少なくとも、我々の目にはそう映った。これはもう次元が違う、と誰もが思ったろう。
 ただ、結論を出すにはちょっと待ってもらいたい。いくらアーセナルに所属するとはいえ、クインシーは未だにトップリーグでは公式戦出場もままならない選手だ。その立場は、あの場で翻弄された日本人選手たちも同じではないのか。「自分たちが普段やっている相手であれば通用する」からこそ、彼らは確信を持って立ちふさがったはずである。であるならば、あのシーンはクインシーと彼らの実力差を物語ると同時に、双方が置かれている環境の差を示している。つまり、Jリーグのトップ選手だったらあの場面は止まってくれるのだ。そして一方、あのシーンと同じようにクインシーが突っ込んできたとしても、プレミアリーグの選手は止められるということではないのだろうか。
 まわりくどい能書きで恐縮だが、言いたいことはこうである。Jリーグで通用する判断は、プレミアでは通用しない。そして、その判断でプレーできてしまう限り、選手はプレミアのレベルには到達しない。体力や技術ではなく、世界で通用する判断力と戦術眼はいっこうに育たないのではないかということである。それは何よりも環境に左右されるものだから。
 何をバカなと思われるかも知れないし、あるいはそんなのはわかりきったことだと思われるかも知れない。けれど、それが欧州・南米以外の地域の現実だと思う。高いレベルの相手と争う機会がないということは、とんでもなく不利だ。似たようなレベルの相手とやっている限り、求められる力は変わらない。テクニックは磨けば磨くほど生かされるかも知れないし、フィジカルは高めれば高めるほどよりチームに貢献できるかも知れない。しかし、高い判断力と戦術眼は連携ミスを生むかもしれないし、結局はチームメートへの失望に変わるのではないか。それこそ、世界に通じる力を持ち得たはずの選手が、知らぬ間に才能を埋もれさせて来たのかも知れない。世界は遠い。こと判断力と戦術眼のレベルにかけては、いつまでも追いつけないほど、遠いのではないか。

 オーストラリアの協会がオセアニア地区を抜け、次回のW杯予選からアジアに参加しようとしている。プレミアに多くの選手を供給するオーストラリアだが、ここ数年、W杯の本戦には出ていない。先ほどの例でいえば、プレミアで通用する能力を持つ選手が多くいるはずなのに、である。
 同国が一位となるのがわかりきっているオセアニア地区には、本戦出場枠が認められていない。そのため、彼らは毎度毎度、その他の地域とプレーオフを争うことになる。南米だったり、アジアだったり、北中米だったり、相手はその時々で変わるわけだが・・・(ちなみに、出場枠がないのは参加国数のせいではない。オセアニア地区の予選エントリー国は南米より多い)。普通に考えれば、アジアや北中米の3位とか4位なら、何とかなりそうなものである。それが何とかならないのは、「平均的な」オーストラリア代表が弱いからだ。
 ご存じの通り、イングランドからオーストラリアまでは遠い。中田や小野が日本に帰ってくるより遠いのだろうし、時差ボケだけならまだしも季節ボケもあるだろう(ビーチにサンタが現れるんだぜ!)。なんたらいう小説によると、オーストラリアには「世界の中心」があるらしいのだが、サッカーの中心はそんなところには断じてない。親善試合はおろか、どうせ勝てるだろう予選にも、スター選手は帰りたがらない。いや、所属チームが帰したがらない。だから、オーストラリア代表なるチームは、おおむね弱い。キューエルやビドゥカがいるといないでは、やはりレベルが違ってしまうからだ。彼らがいればそれなりでも、いない時も含めて平均すれば、やはり強いチームではありえない。いうまでもないが、そんなチームと親善試合を組みたい国はいない。腕試しとしても、あるいは商業的にも。
 対戦相手に恵まれないチームが、強くあり続けられるはずもない。見たことがないので何だが、国内リーグの実力もどうなのだろう。少なくとも、ユースのレベルは日本と変わらなかった。一部のスター選手を覗き、オーストラリア代表には世界に通用する判断力を持つ選手はいない。そして母国にい続ける限り、そんな選手は生まれないのだろう。
 (いやまあ、地域的に多少有利とはいえ、メキシコは偉大だと暗に言っているのだけど。あの国はいつも、それなりに強い。仮に欧州予選に繰り入れられても、2位に入ってプレーオフとかなら、十分ありうると思わせる。ショートパス主体のサッカーは全然、変わらないのに)
 日本もオーストラリアも、地域的にみて、実力アップを図るには不利な状況にある。それこそ、トルコやウクライナのようなレベルアップの仕方は、あり得ない気がする。シェフチェンコがいるからウクライナが強いのではない。彼は、代表戦はさぼり気味である。前回の予選でドイツにぼこぼこにされた彼らが成長したのには、別の理由があるはずだ。
 ブラジルの若い世代を思い出してもらいたい。彼らは確かに、無敵ではない。しかし、欧州のようにチーム戦術で勝負するのではないのに、それなりの結果をたたき出す。要するに個人の力が優れているからだが、それは別に攻撃面に限らない。彼らは、相手のパスコースを読む力に、恐ろしく長けている。だから、チームとしての守備が確立されていなくても、それなりの勝負ができる。どこかの代表監督にはこの違いがいっこうにわからないようなのだが、欧州のクラブに所属する選手がいてもいなくても強いのは、そういうことだと思う。これはもう、センスの差なんだろう。

 個人的に、日本のレベルの低さを最も明らかに示す事実は、FWのシュートの下手さ加減だと思う。もちろんコントロールのことを言っているのではない。日本人FWは、よせばいいのに、十分な体勢になってからシュートを打とうとする。皮肉なことに、自分が巧いと思っている代表選手の多くが、そうだ(ただし大黒と久保は別。前者は意図的に早めにシュートを打とうとしているし、後者は良くも悪くもすべてにおいて「既製品」ではない、と思う)。
 しかし、セリエAでそんなことをやってたら、90分で1回もシュートを打てないかも知れない。というか、実際にそんな程度だから、柳沢は試合に出られない。高原だって、シュートを打つ前につぶされるシーンを、我々は何度も見せられていると思う。アルゼンチンからジュビロに戻った直後の活躍が嘘だったかのように、ブンデスリーガではころころと転がされている。
 目的は、シュートをちゃんと打つことではなくて、ゴールをボールに入れることだ。だから、体勢が不十分でも、最も得点する確率の高い瞬間に惜しみなくシュートを打つ。それこそがセンスだと思うのだが、日本人FWのめざしている姿は、どうもそれとは違う気がしてならない。
 こうしたことになってしまうのは、やはりJリーグのDFがぬるいからだろう。そしてまた、FWの方もぬるいから、DFも育たない。これを言うとまた敵を増やすのだろうが、Jリーグのゴールなんて、十中八九、守る方のミスから生まれる。ひとつのミスが次の動きをもたらし、結果的に守る方がスペースを与え、FWがフリーでシュートを打てることになる。それだけのことだ。だから、優勝していないレッズのエメルソンが選手の選ぶMVPをもらえる。彼に対しては、ミスでやられた気がしていないから。エメルソンこそは、レッズの宝ではなく、Jリーグの宝だろう。協会が金を出してでも、あのレベルの選手をどんどんリーグに呼ぶべきだと思う。どこかの国みたいに。
 もっとも、多くの日本人ストライカーにとっては、我らがキング・カズの勇姿が焼き付いているのかも知れないけど。チームメートにも恵まれたけど、ウインガーだった彼は、自ら十分な体勢をつくりだす能力に長けていたから。

 さて、ユース代表の話に戻る。日本の若い世代の代表は、どんどん消極的になっていると思う。「少しでも上へ」という協会や監督の意向もあるのだろうが、それで本当にレベルアップにつながっていくのだろうか。オリンピック代表もそうだったが、ボールをキープできるからと言って、後ろでちんたら回しているのは情けない。ボールは、相手の守備に穴をつくるために意図的に回すのであって、回していればいつかは穴が開くと考えるのは情けない。例えば、バルサの試合が当たり前のように見られる世代が、なぜにそうなのかと首をかしげたくなる。この辺りもまあ、判断力というか、戦術眼のなさなのかもしれない。というか、単純にセンスだと思うが。
 リスクを犯さずにチャンスを得ようと言うのはお国柄なのかも知れないが、それならそれでもっと合理的なサッカーをめざしてもらいたい。もしかしたら、とんでもないスピードと、とんでもない決定力を持つFWが生まれるかもしれないしね。

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高スポ執筆者

  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
  • 三鷹牛蔵
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