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2005年6月 4日 (土)

マルセイユ、リザラズの逃走劇と泣いた赤鬼

バルサが復活したというのに、マルセイユはこのまま迷走を続けていくのだろうか。カップを剥奪されたとはいえ、彼らは初のチャンピオンズリーグ優勝チームだ。92〜93シーズン、その栄誉の中で発覚した八百長事件から、彼らは未だに立ち直れずにいる。

80年代後半から90年代前半にかけて、マルセイユは国内では無敵のチームだった。5年連続のリーグ優勝を果たし、エースのパパンは5年連続の得点王。そのパパンが去ったシーズンにリーグとCLの制覇を果たしたが、リーグ戦での八百長の発覚により両方のタイトルを奪われ、2部へ降格。主力選手は次々とチームを去っていった。

あれから十数年。
昨季はUEFAカップで準優勝を果たし、ようやく目覚めるのかと期待したのだが、今季は5位に終わった。チャンピオンズリーグはおろか、UEFAカップの出場権すら逃す有様。エース・ドログバにチェルシーへ逃げられたのも痛かったろうが、その金で大量の選手を補強しながら、結果を出せず。
相変わらず長期的な展望に欠けているのだろう。結局のところ、バルサの復活が首脳陣の交代にあるように、そこが変わらなければ無理なのかもしれない。

シーズン途中から指揮を執った赤鬼くんの退任は、当然だろう。そもそも、チーム側は序盤のつまづきから立ち直るために、トルシエを抜擢したのである。
開幕前、新旧フランス代表ら選手を大量に獲得したが、レギュラーががらりと変わったチームがいきなり奏功するわけもなく、序盤から苦戦を強いられる羽目に陥る。とりあえず監督のクビを飛ばしてはみたものの、適当な人材など見つかるはずもない。安くて優秀な指揮官が、シーズン中にフリーなんてことはありえないのだ。
そんなわけで、フランス国内での実績がない赤鬼くんにお鉢が回ってきたわけで、2年契約を結んだとはいえ、「我慢して使う」気などチームには元からない。結果が出れば良し、出なければもちろんお払い箱である。

日本で長い間、トルシエの乱心ぶりを見せられてきたこちらとしては、就任直後に起きたリザラズ逃走劇には、笑わせてもらった。故郷に錦を飾るために移籍してきたはずの元フランス代表は、何もかもを投げだし、たった数ヶ月であっさりとバイエルンへ帰っていったのである。
獲得の際、マルセイユ側としては、彼にベテランとしての求心力を期待していたはず。選手たちの多くはまだ若く、大手術を行ったチームには、残ったメンバーと加入選手たちとの橋渡し役が必要だった。にもかかわらず、「マテウスをぶん殴ったことのあるリザラズ」を穫るのも不可思議な話だが、八百長当時のメンバーが戻ってくるわけはないのだから、仕方ない。結局は、バルテズのような行き場のないお茶目な愚か者しか帰っては来ないのだ(自身の最盛期を過ごし、発覚前に去ったパパンは、相変わらず協力的なようだが)。
結局、リザラズは数カ月前までの我が家の門戸を叩き、移籍などなかったかのように迎え入れられた。そして、メディアのマイクに向かい、逃走の理由がトルシエであることを明言し、「二度と戻ることはない」と語ったのである。
残された同僚選手たちは、その言葉をどのように聞いたろう。就任直後に起きたこの事件が、赤鬼くんにはすべての失敗の始まりだったと思う。

その後の顛末は、ご存じの通り。
左サイドの人材を失ったトルシエは、「安く手に入り、自分に逆らわない小僧」をお買い求めになった。幼い選手をそそのかして契約の一方的破棄を促し、挙げ句、やってきたその坊やがチームに自殺点を献上し、結局は定位置をベンチの上に確保する。周囲が彼らを快く思うはずがない。
そういえば、無許可でジーコジャパンとの合流に遅れるという事件もあった。本人曰く、「トルシエから、ジーコにはオレから話しておいてやる」と言われたそうだが、とても大人の発言とは思えない。ジーコに特別扱いされるのが当たり前だと思っている上に、トルシエが何とかしてくれるのも当然なのだろうか。高校時代から非凡な才能を発揮してきたが、プロとしての意識はまったく育っていないらしい。

さて、これでトルシエの日本メディアへの登場回数が増えるのだろうか。名門マルセイユでの失敗により、彼は大きなレッテルを貼られたことになる。フランス国内には、指揮を任せようというチームはまずないだろう。自然、日本代表への返り咲きが有力な転職候補になってくる。あの、自らのセンスの無さが理解できない通訳もまだ、こちらにいるようだし(トルシエが嫌われ者になるのは、あいつの誤訳連発に始まっているような気もするが)。
主力選手の逃亡に泣かされ、母国でのチャレンジに失敗した赤鬼くんとしては、もはや、日本かアフリカかの選択肢しかなかろう。マルセイユ就任に際しても、そもそもベンゲルからの「おことづけ」があったようだし。

それはともかく、マルセイユの復活は、どうなるだろう。
個人的には、あのフランス代表を「多国籍軍」ならしめたのも、マルセイユのおかげだったと思う。今でこそ当たり前になっているが、当時のヨーロッパでは、黒人選手は少なかった。アフリカ人選手を主力に据える流れは、間違いなくフランスリーグが最初だった。
そのなかでも、マルセイユはパパン、デシャンらとともに、デサイー、アングロマ、ボリが活躍する常勝チームだった。ボスマン裁決の前ながら、ガーナ国籍のアベディ・ペレは不動のレギュラーだった。思えば、白人選手も個性的なメンツばかりで、長髪を振り乱してえげつないスライディングをお見舞いするディメコに、調子に乗ってミドルシュートをぶっぱなすソゼー。外国人も、悲運のストライカー・ボクシッチ、今季は忙しかったフェラーなど、魅力的だった。
試合の内容はともかくだが、あの当時、無敵を誇っていたミランを決勝で下し、CLを獲得したのがマルセイユである。ピッチに立つファンバステンを最後にみた試合でもあった。
赤鬼くんなどどうでもいいが、再びマルセイユの時代が来てほしいものである。

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  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
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