1−0でも凡戦にならぬアーセナル対チェルシー
第2節から、昨季の覇者と準優勝がぶつかるというのだから、プレミアリーグはやってくれる。イタリア、スペインが開幕する前にこのカードを組むとは、「高い金払って休日の夜にテレビ観戦しようという、おバカな我々」にとっても、何とも有り難い話である。
第2節から、昨季の覇者と準優勝がぶつかるというのだから、プレミアリーグはやってくれる。イタリア、スペインが開幕する前にこのカードを組むとは、「高い金払って休日の夜にテレビ観戦しようという、おバカな我々」にとっても、何とも有り難い話である。結果はともかくも、試合内容もそれにふさわしいものになるところが、セリエAあたりとはまた違う……。速攻が持ち味だがパスもつなげるアーセナルに、ロングボールを左右に散らしてウイングを走らせるチェルシー。明確な攻撃の形を持つ両者の戦いは、互いのチームの完成度と相まって、非常に見応えのあるゲームとなった。
90分を通じてより多くのチャンスをつくったのは、アーセナルだろう。チェルシーは、ボールを奪われたら早めに自陣へ戻る意図が徹底されたチームであり、速攻ならぬ速守?で防御網を張り続けたが、パスもつなげるのがアーセナルの強み。ベンゲルの好みは、一貫してスピードも技術もある選手と決まっているのだ。たとえ相手に引かれても、サイドを打開してクロスを上げるところまではできる。問題なのは、他の全ての技術では一流にもかかわらず、ヘディングだけは枠に飛ばせないエースがいるというだけで……。
チェルシーにしても、いつものような攻撃はできず仕舞いだった。今や世界一のウイングの1人であるロッベンは、ドイツ戦の疲れもあってか、ベストとは言い難いデキに終始する。本来の戦場である左サイドよりも、右に流れた時の方が目立っていたのは、その何よりの証拠だろう。もっとも、速守?のおかげで、彼のスタート地点が低くなりがちだったのは否めない。そもそも、中央に張るべきクレスポが左右に流れてボールをもらっているようでは、自慢のカウンターが見られないのは当然だ。
こうしてみてくると、いわば、お互いが攻撃の持ち味を発揮できなかったことになるが、それでも選手が緊張感を持ち続けられるところが、両者の強豪たるゆえん。アーセナルは、相手のつくる整然とした網をすり抜けんと果敢に攻め続け、一方のチェルシーは、その網を張り続ける理由=ボールを奪って得点することを遂行するため、同じ正確さで何度でも網を張り直す。ボールの所有権が間断なく移り続けたのは、選手たちが攻守に労を惜しまず、それでいて集中力を切らさなかったから。その意味で、見慣れた凡戦の構図=「攻めあぐねる強者と守り倒そうとする弱者」とは全く違うゲームだった。
しかしまあ、お粗末だったのは、勝敗を分けた唯一のゴール。何のことはないフリーキックで打ち上げられたボールは、ドログバが意図せず膝にあててしまい、そのままGKレーマンの背後へ。アーセナルにしてみれば、緊張感が途切れた一瞬だったといえるのかもしれないが、チェルシー側の攻撃が功を奏した結果ではない。それでも、勝ちは勝ちである。序盤の大一番は、昨季の覇者に勝ち点3とさらなる自信をもたらした。当面のライバルであり、しかも昨季は勝てなかった相手からの勝利とあれば、これはでかい。モウリーニョもチームの戦いぶりに手応えを感じたろうし、しかも結果がついてくれば言うことはあるまい。奴のプライドをずたずたにするのは、やはりチャンピオンズリーグでしかありえないのか。
主将を失って立て直しを図ろうとするアーセナルにとっては、あまりに痛い敗戦だ。完全燃焼して結果がついて来ないというのは、やはりメンタル面のダメージはでかい。このままズルズルと不調に陥らないかと、気が気でない。
惜しむらくは、前半でリュングベリがピッチを後にしたことだろう。やれアンリだ、ピレスだといっても、アーセナルの流れるようなカウンターを支えているのは、間違いなく彼の果敢な飛び出しである。守備への貢献度も高いし、世間の評価は低すぎる気がしてならない。彼がいれば、アーセナルが得点する確率はより高かったはずである。
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