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2005年10月22日 (土)

京都パープルサンガを褒め称えるエントリー

お大尽遊びからリアリズム弱肉強食運営への転換、これこそが、京都パープルサンガがJ1昇格を果たした理由であろう。

2004年シーズン、京都パープルサンガは、崔龍洙,黒部光昭,松井大輔というJ2では反則気味の前線部隊を持ち、監督として西村昭宏を招聘した。
西村は、セレッソ大阪を指揮していた2002年には、大久保嘉人、森島寛晃、西澤明訓、尹昌煥らを擁し、リーグ最少のチームから数えて5位タイという昇格チームにしては多い失点を、当時J2新記録となった93得点(1試合当たり2.11点。2000年の浦和レッズは82点で1試合当たり2.05点)でカバーし、半ば力づくでJ1昇格を成し遂げている。
日韓代表攻撃陣にこの西村監督という組み合わせは、「派手に打ち合って勝つ」という意気込みを表しており、J2を勝ち抜く鉄則となりつつある「相手のカウンターをかわして失点を減らす」方法論を無視したものでもあり、さすがは天下の京セラ、派手な大尽遊びを披露してくれるものと期待させた。

ところが、シーズンが始まると思うように勝ち星が拾えず、6月半ばの時点で5勝7分5敗の8位と、思いがけず低迷した。
すると、遊びはここまでとばかりに「お茶漬けでもどうか」と言って西村監督を追い返し、じゃなくて解任して、柱谷幸一を招聘し、急転直下のリアリズム路線に転換した。
金持ち・京セラにしかできない粋な遊び方をもっと見せてもらいたい、大晦日に餅の代わりに小判をばらまくのを見てみたい、という気もしたが、そういう余裕はないということだったのだろう。確かに、例年、J1からの降格チームは序盤には
突っ走るものの、他チームが慣れてくると勝てなくなってくるのであるが、躓くのが早すぎるという判断もあながち的外れではなかったのだろう。

さすがにこのシーズンでJ1昇格を果たすことはできなかったが、この後の2005年シーズンに向けての補強が、成功へのポイントだった。ブラジル人FWの獲得やJ1チームで埋もれていた人材の発掘といった定石はもちろんであるが、何よりもグレートなのが、J2ライバルチームからの中心選手奪取だ。
アビスパ福岡から米田兼一郎、モンテディオ山形から星大輔、湘南ベルマーレから加藤大志といった面々を引き抜いた。彼らは、パープルサンガの戦力を底上げしたのはもちろん、各チームの戦力をダウンさせることになり、まさしく一挙両得であった(特にアビスパの打撃が大きかった)。

今までの降格チームは手を着けていなかったが、他のJ2チームから主力を引き抜くという、この徹底したリアリズムに基づいた弱肉強食な手法こそ、金持ちが行うべき行動であろう。
ときには「我利我利亡者」などと呼ばれることもあるだろうが、そういう貧乏人のひがみはうっちゃっておくがよい。「チームのアイデンティティ」を云々されて動揺することもあるかもしれないが、それも無視。アイデンティティとかそういうのはJ1に上がってから考えるつもりでしょ? 「自前で選手を育てなくて恥ずかしくないのか」とかそういう意見も気にするな。金満チームが移籍金を払うことで貧乏チームが成り立っているのだと割り切っているのだろうから、胸を張ればよい。

現代M&A全盛社会にふさわしいこのチーム作り、三木谷君にこそお似合いですね。来シーズンは参考にしたらいいよ。……って私に言われるまでもないな。ヴィッセルのチーム作りはすでに金にものを言わせたパッチワークだし、早稲田カラーのユニフォームを見る限り「チームのアイデンティティ」なんて気にしていないのはミエミエだしね。

というわけで(?)、京都パープルサンガの皆さん、昇格おめでとう。今度J2に落ちるときはベルマーレと入れ替えでお願いします。もう2度と同じカテゴリーで戦いたくないです。

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高スポ執筆者

  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
  • 三鷹牛蔵
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