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2006年1月24日 (火)

小島伸幸の引退をめぐって

 40歳の誕生日を待って(?)、小島伸幸が現役引退を発表した。
 言わずと知れたフランスW杯日本代表の第3ゴールキーパーとして、血気盛んな川口能活と楢崎正剛の間で宥め役として奮闘したのもいい思い出だ。

 1994年ファーストステージの浦和レッズ戦、試合開始前にゴール裏・子供席の前でウォーミングアップをするベルマーレ選手達の中で、コーチが投げ上げたボールを繰り返しキャッチする大男がいた。それが初めて見た小島の姿だった。
 その風貌とも相まって、見る者に強い印象を与えるそのキーパーは、とんでもないスーパーセーブを見せたかと思うと、あさっての方向に飛んでいくゴールキックが虹を描いた。
 本人には不本意だろうが、失点シーンも不思議と絵になり、2005年に楢崎に抜かれるまでJリーグ最多失点記録保持者だった

 負け試合の終盤にゴール前に上がっていくのは川口と双璧をなし、どんどん攻め上がるフィールドプレーヤーに負けじとポジションを上げ、ボールを奪われると慌てて戻る姿は、「湘南の暴れん坊」の裏の象徴的な存在であった。
 昇格当初はベルマーレの控えGKだったのが、あれよあれよという間に存在感を増し、日本代表に呼ばれ、ブラジル戦に出場するなどという出世。
 フランスW杯を前にした日本代表選手一覧表では、若い選手達が外車やスポーツカーに乗る中で燦然と輝く「愛車・三菱ジープ」。言われてみれば、三菱ジープがこれほど似合う男がいるだろうか? レッズの選手だったらジープのCMに出れたに違いない。『月刊ベルマーレ』誌上の「練習後に上半身裸でタオルをターバンのように頭に巻いてジープで走り去る小島選手」という記述に身もだえしたものだ(記憶を美化しているのかも…)。
 ベルマーレからフジタが撤退する際には「給料が安くなってもいい」とサポーターを泣かせ、むしろチームが小島のために移籍を勧めた(この辺り、真偽のほどは定かではない)。

 私がザスパ草津のGK小島を見た最初で最後の試合は5月のベルマーレ戦だったが、1点先取したが後半に追いつかれ、1つでも勝ち点が欲しい草津は時間を使うことを意図し、小島もゴールキックの場面でボールをセットした後に水を飲むという挑発行為に出た。チーム状況を考え、イエローカードをもらってでも相手を苛立たせようという老練なベテランらしい行為だったが、あまりの露骨さに私は笑ってしまったし、J2レベルの審判は呆気にとられてカードを出し損ねてしまった。あそこは小島のメッセージを読み取ってカードを出して欲しかった。その後の大げさなジェスチャーで異議を唱えるような風を装った時間稼ぎも見たかったのに、残念なことだった。

 私にとっては、小島は今もって一番印象深いGKであり、現役を引退しても“何か”を期待してしまう存在だ。ここは「解説者や指導者としての期待」というべきところなのかもしれないが、実のところ、故障が癒えれば現役復帰するのではないかという妄想を抱いている。彼はそうやって周りを驚かせるが好きそうだし。そういう期待を持っているから、結論めいたことは書かないでおく。

※当初のテキストがあまりに言葉足らずだったので加筆・修正しました(1月25日)

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  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
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