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2006年2月18日 (土)

速すぎた逸材として――小倉引退について

 世界に通じるかもしれない左脚を持ったその男は、遂に何も得ぬままピッチを去った。オリンピック出場を目前にしてのアクシデントは、彼から名を挙げる絶好の機会を奪い、逆にもう一人のスターを生み出すきっかけになった。

 オランダ帰りのレフティモンスターは当時、カズの跡を継ぐべき人材だった。キリンカップでのゴールは、初のW杯出場を逃したばかりの日本に、新たな希望を抱かせたものである。すでに4-0となっていた中で、帰国間もない若者は自信にあふれたプレーをみせ、4年後のW杯で優勝するフランスのディフェンス陣からゴールを挙げた。思うに、日本が列強相手に奪った最初のまともなゴールだったのではあるまいか。あのとき、小倉がカズよりも早くスパイクを脱ぐなど、誰が想像したことだろう。

 不運だったのは、所属した名古屋グランパスにはストイコビッチと森山がいたことである。レギュラーポジションを争う相手はあまりに偉大で、しかもベンチには抜群のスーパーサブが控えていた。チームでの出場時間が限られる中、主役となるはずだったオリンピックはケガで棒に振った。某スポーツライターに仕立てられたお涙頂戴話は、むしろ彼の実力を正当に評価することを難しくしたようにも思える。

 その後は、オランダへの復帰を模索しつつ、チームを転々とした。2001年にはヴェルディで前園と組むという復活のチャンスも得たが、結果は残せなかった。最後のチームとなった甲府では、監督の信頼を得てレギュラーポジションを得たものの、昨年は途中からベンチにすら座れなくなっていた。J1昇格を果たしたチームからの戦力外通告はいわば当然の結果で、最終的には若手に混じってトライアウトにまで臨んだものの、遂に「雇い主」は見つけられなかった。

 豪快な左脚に、人を喰ったようなフェイント。ベビーフェイスとはアンバランスな身長に、堂々とした姿勢でボールを運ぶ姿。彼のスケールの大きな才能には、むしろJリーグという環境がふさわしくなかったのかもしれない。ろくなセンスもない選手が海外へ出て行く今であれば、彼もオリンピックのために帰国するなどというバカなことをしなかったのではなかろうか。ケガに泣いた悲運の天才としてではなく、生まれるのが早過ぎた逸材として記憶することを、ワタクシは選ぶ。

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