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2006年6月 4日 (日)

ジダンとドメネクの無理心中

 フランス代表監督レーモン・ドメネクは明らかにおかしい。抽選に恵まれながら最終節にまでもつれ込んだW杯予選は、彼の無能さを十二分にさらけ出したはずだ。ジダンの復帰によってテュラム、マケレレまで手にしながら、その後も思うような結果を挙げられたとは言い難い。造反組のアネルカ、ピレスを外すのはまだ分かるが、ジュリを選ばなかったことをどのように「釈明」するのか。パリSGのドラソーを飼い慣らし、マルセイユのリベリーを最終メンバーに滑り込ませる所行は、本当に優勝するための最善策なのか。ジダンと心中するかのような所行を繰り返すドメネクだが、実際には負けた後の言い訳をつくり続けているとしか思えない・・・。「無理心中」を図っているのは、ジダンなのか、それともドメネクなのか。

 オレはそんなに下手なのか・・・。その発言を、サッカー選手らしい自尊心とわがままの表れと感じることはできない。ジュリには、ここ3年で2度もCL決勝に進出した「実績」もあれば、バルサでそうだったように「控え選手」としてベンチに座る覚悟もある。にもかかわらず、レーモン・ドメネクは彼を無視した。「最低でもドメネク監督からプライベートで説明があってもよかったと思う」との発言は、むしろ30歳代のベテランならではの控えめな嫌味である。

 思えば、ドメネクはこれまで強豪にふさわしい結果を収めてきたとは言い難い。クジ運に恵まれたはずのW杯予選で、最終節まで出場を決められないなど、愚の骨頂である。痩せても枯れても、フランスは強豪なのだ。2位のスイス、3位のイスラエルには2引分け。4位のアイルランドには辛うじて1勝1引分けだったが、2得点以上した相手は、弱小のキプロスとフェロー諸島のみ。そもそもこのグループは、ろくに点を取れないチームばかりで、アンリ、トレゼゲら強力なFWを要するフランスにとっては、あまりにふがいない結果だったと言える。1ゴールも奪えずに大会を去った02年W杯を思わせる状態が続いているといっても過言ではない。

 こうした状況下、それでもドメネクはジダンに固執する。彼ら二人の間にどのような「約束」があるのかは分からない。彼の復帰と同じくして、当然のようにマケレレ、テュラムが戻ってきた。マケレレは、ジダンの代表引退当初もチームに留まり、その後、「オレの仕事は終わった」と言って辞めていったし、テュラムに至っては、チームメイト一人ひとりについて詳細なコメントをしながら、ドメネクについて聞かれると口をつぐむ男である。彼ら二人はジダンのために戻ってきたのであって、ドメネクに敬意など抱いてはいない。

 その一方で、中盤でジダンを脅かすだろう人材への扱いは、いかにもぞんざいだ。前回、同時起用したことでチームがバランスを崩したといわれたピレスは外され、同じ可能性を持つだろうジュリにもドイツ行きの切符は届かない。さらに、ジダンの控えとなりうるジョアン・ミクー(ブレーメン)は、完全に「呼んでみただけ」の扱いだった。反対に、いろんな意味で融通の利くドラソー(パリSG)を呼び続け、結局は本大会では若手(?)であるマルダ(リヨン)やリベリー(マルセイユ)を使う腹に思える。ドメネクがジダン中心に考えているのは明らかで、かといって、その先(機能しなかった時、ジダンが出られない時)を考えているとは思えない。だいたいが、98年に優勝した時、ジダンがすべての試合に出て文句のない活躍をしたわけでもないのに・・・。

 何というか、こうした所行すべてが、「負けたらジダンのせいで、オレのせいじゃない」と言いたいがための保険にすら思える。国内リーグの強豪からまんべんなく選手を呼んでいるあたり、大会後の就職先を考えている気がしてならないのだ。国内リーグはリヨンが5連覇だっていうのに、どうしてミランがついに戦力扱いしなかったドラソーを呼び続け、最後の最後でマルセイユのリベリーを選ぶのか。それは、国内の2大クラブであるPSGとマルセイユ(とそのファン)に媚びを売ろうということじゃないのか。それでいて、ジュリには電話の一本すら掛けられないというのか。ジダンには何度もしたというのに。

 チャンピオンズリーグ決勝、試合後にアンリと話すジュリの姿には、心が痛んだ。小男が息子(?)を肩車したまま、敗者であるはずのエースストライカーにエールを送る。程なく、アンリはアーセナルへの残留を発表する。もし仮に、彼がバルサに移籍していたら、ジュリのポジションは完全になくなっていたことだろう。だからなんだと言われればそれまでだが。

(最後に)
 国内ではドメネクへの批判は高まる一方のようだ。恣意的な選手選考を支持しない声は大勢だという。このあたりは、日本とは大違いだ。ジーコが大久保や松田を呼ばないことに対して、メディアは恐ろしく寛容だ。さらに、大会後の就職先の希望(「イタリアなど強豪リーグでクラブチームを率いたい」)を語っても、誰も噛みつかない。本来であれば、大会後の去就について代表監督がアピールするのはタブーだと思うのだが、この国ではそれが許される。ジーコへの批判は、大会が近づくに連れて応援歌へと様変わりしていくのは、前回のトルシエのときと変わらない。これで日本が勝てば、それで嬉しいのか?とワタクシなぞは思うのだが、いかにして戦うかより、どこまで勝ち上がれるかが問題らしい。ディフェンスのカバーリングすらできず、主将自らケガをしないプレーに終始するドイツから2得点して、「もう少しで勝てた」と喜べるのだから羨ましい。開催国であるドイツはむろん、ある程度まで勝てるだろうが、それが必ずしも実力に基づくものとは限らない。それがサッカーだ。

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  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
  • 三鷹牛蔵
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