4000本のヒットを打つハッスル打撃論
タイ・カッブを超えて、史上最多となる4256本のヒットを放ったピート・ローズによる野球教本である。当然、バッティングについても熱く語る。「だれでもいい打者になれる」というバッティング理論は、イチローも参考にしたという形跡があるんじゃないかと私は思わないでもない。根拠はないが。
(『ピート・ローズのハッスル野球教室』訳・土屋一重 報知新聞社 昭和54年3月31日初版発行)
精神面について説く第1章(詳しくは前々回記事と前回記事参照)に続けてバッティングの話を始めるピート・ローズだが、第2章は「スイッチのすすめ」であり、いきなりスイッチヒッターの利点を語る異色の構成となっている。
その要諦を述べると、バッターに向かってくる変化球(10人中10人のピッチャーが投げるカーブやスライダー)を打つためにはスイッチヒッターが有利である。アウトコースに逃げていくスクリューボールへの対応が難しいというのが課題ではあるが、
「だがそれほど心配することはないさ。10人中8人までがスクリューボールは投げないものよ」
というのがスイッチ礼賛の理由だ。
第3章は「バッティング・基本」であり、ようやく技術的なアドバイスがもらえるかと思いきや、テッド・ウィリアムス以来、4割打者が誕生していないことについて語り始める。
だれもオレに質問しないが、今後4割を打つ打者は出てこないんじゃないかと思う。少しいい方を考えてみよう。1シーズンに打席数が350か400そこそこなら、4割打者も可能だろう。その場合、2、3か月ほんとうに燃えればいいんだからな。
しかし現在のように600打席もあるとちょっと4割を打つのはムリだろう。
ピッチングが非常によくなっているのがひとつの理由。救援投手もきわめてよくなっているのがもうひとつの理由だ。そして第3の理由はプレッシャーがかなり強くなっている。
オレはマスコミとかファンのプレッシャーをいっているのではない。こんなもの処理は簡単よ。
オレがいうのは、来る日も来る日もヒットを2本打たなければならない、と考えるプレッシャーだ。
さらに、時代の変化がもたらしたバッティングへの悪条件を挙げていき、上記のほかに、年々シーズン開幕の時期が早まって寒い時期にゲームが行われること(寒いときは体もできていないし、打撃練習をやれば2日間も手がズキズキ痛むこともある)、テレビ中継の都合で太陽光線の具合がよくない時間に行われるゲームがある、ドーム球場ではボールが見えにくい、人工芝で打球が野手の手元に早く到達してしまう&バントがしにくい、といった理由から、1920年代とは状況が違うという。そのうえで、生涯打率.367のタイ・カッブであっても、ピート・ローズと同時期にプロ入りしていたら「強いて推量させてもらえば.315か.320、あるいはもう少し高いくらいがいいところだろう」とする(ちなみにピート・ローズの生涯打率は.303)。
と、ひとしきりグチをこぼしたうえで、やっと本論だ。
どうもバッティングについて悲観的なことばかりつづいたので、だれでもいい打者になれるという話に戻そう。
史上最高の右打者といわれるロジャース・ホンスビーが「偉大な打者は作られるものであって、生まれつきのものではない」といった言葉がある。
オレもその説に同感だ。もちろん素質もあるだろう。だが一番大事なのはなによりも野球好がきにこと(注:原文ママ)、そして試合やプレーに没頭できるかどうかさ。
すぐれた運動神経とかいい目も必要だが、運動神経がすぐれ、目がよくても、それだけでいい打者にはなれないということを忘れないでほしい。
いい打者は頭を使い、体を動かし、練習をたくさんするものだ。練習こそ打撃のカギといえる。やる気を固めたら、あとは練習、練習、練習あるのみよ。
さて、バッティングの第一歩にはいろう。
“しっくりいく”ということが基本だ。単純なことよ。そしてしっくりいくかどうかの第一の決め手は、これから使うバットの選び方だ。
いい打者になるためにはこれが最も大事なことかもしれない。手術を始めようとする医者のようなものさ。医者は正しいメスを選ばなければならない。
正しいバットとは自分の手にぴったり合い、いいフィーリングのバットという意味だ。ピート・ローズのファンだからといってピート・ローズ型を選んだってダメ。あれはオレのフィーリングに合うから選んだまでのことで、だれにも合うものじゃない。
オレはシーズン中ほとんどバットを換えない。好きなモデルをみつけたらそれを使いつづけている。S―222と呼ばれるものだ。シンシナチのオレの家へきて過去にオレが使ってきたオールスターバットを調べてみるといいぜ。みんな同じよ。1本だけS―222でなくS―2というのがあるが、それもS―222の方がちょっとだけ握りが太いというだけの違いだ。
疲れてきたのでもっと軽いバットの方がいい、とバットを換える選手が意外と多い。だけどオレには十分な睡眠と正しい食事をとっていたら、疲れなんてあり得ないと思うんだがどうだろう。
バットの選び方が済んだら、その使い方の話に移る。まずはバットの握り方について、「しっくりいくかどうかの問題さ」と言い切る。次いで足の構え方については、「間違ったスタンスというものがないように、正しいスタンスというものもない。打席で一番感じよく立てればそれでいいのさ」とする。
スタンスがいったん決まったら、それをつづけることだ。スタンスを変えることは勧められない。スタンスそのものがスイングの根本的な欠陥になっていない限り、オレはスタンスを変えるべきでないと思う。
調子が落ちてきたとしてもスタンスが悪いんじゃないか、なんて考えるのはナンセンスだ。それまでそのスタンスでうまくやってきたのなら、原因は別のところにあることが多い。
うまくスイングできないときのチェックポイントをあげておこう。まずバットをちょっと軽めか重めにしてみることだ。つぎにホームベースにちょっと近づいてみるか離れてみることだ。(中略)なにはともあれ、スタンスはいじらないことだ。
さてバットスイングの話にはいろう。好みのバットを選び、グリップとスタンスを決めた。体重を後ろに残し、投手はワインドアップを始めた。
気持ちの持ち方から始める。考えることはただ一つ――投手だけだ。バッティングはメンタルな部分が非常に多い。打つときは二つのCをもとう。コンフィデンス(自信)とコンセントレーション(集中力)だ。そしてボールのこと以外は考えない。スイングは自然にできるようにならなければならないが、そのためにはまず打席に楽な気持ちで立ち、練習々々を繰り返すのだ。そうすれば必ず自分のものが生まれてくる。
この後、技術的なコメントが続く。ボールから目を離すな、スイングの始動時には手を後ろに残せ、ダウンスイング気味のレベルスイングがいい、インパクトの瞬間に両腕が伸びて体重が前へ移動する、手首で小細工をせずにフォロースルーを続けよ、ボールを打ったら全力で走ろう、と。
ここまでが第3章。第4章「バッティング・つぎの段階へ」では、FAQ的な話になる。
引っ張るのか引っ張らないのか→力いっぱい、ボールに逆らわずに打つオレのバッティングが、オレにとって最上。
ストライクだけ打つのか→イエス。「ただし、ストライクの意味がちょっと違うのよ。アンパイアのいうストライクゾーンと打者にとってのストライクゾーンはしばしば食い違う」。
考えて打とう→打つときは虚心になってボールだけに集中すべき。しかしそれと同時に状況を判断すべき。
ヤマを張るな→オレには合わないし、正しい打ち方とは思えないんだ。
2ストライクからのバッティング→スイングをほんの髪の毛一筋ほど小さくすればいいのさ。
野手のいないところへ打つ→瞬間的に腕や手でコントロールするのだ。スイングのほかの部分はどこも変える必要がない。
長くなりすぎるので引用は控えるが、さすがに名言のオンパレードだ。
「三振したからといって、この世の終わりじゃない。三振するまい、と考えるよりヒットを打とうと考えることだ」
「好投手と相対したときでも、打つべき球は1打席に1球ぐらいはあるものよ。もしそれをファウルにするようだったら打者が悪いのだ」
「投手をバカにしてはいけない。もっともたまにはバカに見えることもあるけどさ」
最後に、打席での恐怖感についてローズはこういう。
打席にはいるにあたって、恐怖感なんてオレには全くない。確かに大リーグにもぶつけられるのを恐れる打者がいることはいる。
そんなヤツが打てるわけないじゃないか。
恐怖感から逃れるには自分を信じるしかない。自信――そう、打てるのだ、という自信よ。自信さえもっていれば、投手がどんなに全力で投げてきても気にならないものさ。
死球を受けるのは決して愉快じゃないが、ぶつけられて大ケガになる恐れのあるところといえば、頭ぐらいだろう。そう簡単に頭へ当たらないものだ。
死球を恐れないどころではない。時には相手投手を挑発してデッドボールを誘うという。
そうすれば打数がひとつたすかり、簡単に一塁へ出て行くことができるじゃないか。まあ、すべてこの調子さ。
この境地にまで達すると、もはや精神論といって片付けることはできない。素人が読む「野球教室」としては難しすぎるかもしれない。
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