ピート・ローズのハッスル野球教室 その1
「ハッスルは野球だけじゃなく、世の中のすべてのことに当てはまる。いまからでも遅くない。皆さんもさあ、ハッスルしよう。」
史上最多の通算4256安打と3562試合出場の世界記録を持つピート・ローズによるこの著書が、私の書棚にたどり着いたのも何かの縁だろう。あるいは、この名著を世に広めるのは私の使命なのかもしれない。あまたあるウェブサイトでも、本書を紹介したものは見当たらないし、入手も困難であるので、本文中の有意義な箇所をご覧いただこう。
(『ピート・ローズのハッスル野球教室』土屋一重・訳 報知新聞社 昭和54年3月31日初版発行)
この本を野球の技術書などと考えてもらっては困る。野球という競技の枠などにはとらわれない、あらゆるスポーツ選手のための、いや、あらゆる人類のための指南書なのだ。だからこそ第1章からしてハッスルの効用を説くことから始めている。書き出しを読んでみよう。
●第1章 だれだってハッスルできるんだ
オレがなみの選手とひと味違うと注目されたのは、まだ大リーグでプレーする前のある春の日だ。1963年、マイナーから引き上げられたオレはシンシナチ・レッズの新人二塁手を目指す向こうみずなガキだった。ある日の午後、わがレッズはヤンキースと対戦した。オレは初めて打席で四球を選ぶと、9歳のときからやっているように一塁まで全力疾走した。
当時、連続優勝をつづけていたヤンキースのダッグアウトには、のちに野球殿堂入りしたミッキー・マントル(外野手)とかホワイティ・フォード(投手)が座っていた。2人は見たこともない新人が一塁へ全力疾走するのをみてからかいたくなったのだろう。
「いいぞ! チャーリー・ハッスル(ハッスル坊や)」と叫んだ。たまたまダッグアウトには数人の新聞記者がいて、2人がオレをからかうのを聞いていたのさ。つぎの日の新聞にチャーリー・ハッスルの名前を使い、それが通称となってしまった。
以来、オレはチャーリー・ハッスルだ。いいニックネームだとオレも思い、満足している。もっともこれが重荷になることもあるんだ。チャーリー・ハッスルとしては、いつもハッスルを期待されているわけだからな。でも信じてほしい。オレはハッスルに生きがいを感じ、その一瞬々々を愛しているのだ。だからファンもオレがハッスルしていない、なんて責めることはできないはずだ。それがニックネームともなれば常に100%ハッスルしていないわけにはいかないぜ。
確かにファンがプロ野球選手にハッスルを求めるのは当然だが、他の選手以上にオレにハッスルを期待しているのも事実だ。
それもすべてはあのオープン戦のとき、四球で一塁へ全力疾走したときから始まっている。ヤンキースの連中が突拍子もないことをいい出したわけではない。実はこれはかつてヤンキースのユニホームを着ていたある人から学んだことだ。オレが9歳のときだった。セミプロのかなりいい選手だったおやじとテレビをみていたら、エノス・スローター(外野手)が四球を選び一塁へ全力疾走したのよ。そのときおやじはオレに向かって「野球はこれでなきゃいかん」と教えてくれたのだ。これがいまでも忘れられない。ともかくおやじは正しかった。これが野球の神髄だ。また野球だけでなくすべてに当てはまる。人生はハッスル――これがオレの哲学だ。
野球の神髄はハッスルだと言い切るピート・ローズだが、もちろん理由もなくそれを唱えているのではない。ハッスルプレーが勝利に直結する事例を列挙していく。
ところでハッスルってどういうことだろう? オレなりの考えをいえばハッスルとは別に変わったことではなく、たいへん楽しいことさ。やるべきことをやることだ。野球をやるとき基本的なことを正しいやり方でやりたいと思うだろう。その基本的なことを正しいやり方でやるのがハッスルさ。
オレはハッスルすることで数多くの試合に勝てると確信している。ぴったりのタイミングで思いがけないことができるというわけよ。いまでもあるプレーがオレの心に残っているんだ。その日はアトランタ球場での試合だった。オレがセンターを守りアレックス・ジョンソン――ゴールド・グラブ賞を受賞するほどの選手ではなかった――がレフトを守っていた。
だれかが左翼へ高いフライを打ち上げた。A・J――オレたちはアレックスをこう呼んでいた――はフェンスの方向へバックした。打球がフェンスを越えそうになったのでA・Jはボールをグラウンドの方へたたき戻そうとジャンプ一番、グラブで強く払い落とした。そうしたらうまくいったのよ。ボールがフィールドの方へ舞い戻ってきたんだ。ところがそのボールを地面に落ちる前にがっちりつかんだヤツがいた。だれだと思う? チャーリー・ハッスルその人だ。
左翼へのホームラン性大飛球だったのに、なぜオレがそんなところへ行っていたかなんて聞くのはヤボだろう。センターの守備位置でやることがなにもなかったので、そこまで出向いていったとしか説明のしようがない。そう、ハッスルしたのよ。ボールが自分の方へはずんできたときは確かにびっくりしたが、あの大飛球で打者に記録されたのは本塁打でも二塁打でもなく、ただ1つのアウトだけというわけだ。
守りにもハッスル、攻撃にもハッスル――それが勝利を呼び込む。別の例を出そう。数年前、セントルイスでカージナルスと対戦したとき、レッズは調子が出なかった。0―6とリードされ、8回も2死走者なしよ。
ここでオレが打ったのはワンバウンドの投ゴロ、アウトは確実だった。だが一塁へフルスピードで走った。ところがどうだ。投手の送球が高くはずれベースから一塁手の足が離れた。やったぜ! もしオレが不運をぼやきながらダラダラ走っていたら、一塁手はベースを踏み直しただろう。オレの全力疾走がそれをさせなかったのだ。
これをきっかけにレッズは敗戦をまぬかれた。オレたちはこの回7点をあげ――それも2死走者なしの投ゴロが口火だ――7―6で逆転勝ちしてしまったのよ。
ハッスル? やろうと思えばたやすいことだ。大リーグでいうハッスルは当たり前のことをやることにほかならない。ベースをカバーすることだ。チームメートをバックアップすることだ。ゲームに勝つためにできることはすべてやることさ。
決意――これもハッスルだ。決意しなければハッスルできない。自分自身から、そして自分のもっている能力から最高のものを引き出そうと“決意”しなければなにもできない。勝とうとしなければ勝てるわけがないのだ。
ハッスルすることでどれだけ多くの欠点をカバーできるか。驚くばかりだ。
オレがその完璧な見本よ。オレ以上に能力がある者――足が速かったり、肩が強かったり、タフだったり、すばしっこいヤツは大リーグにたくさんいる。しかしオレは自分の能力を最大限に引き出してここまできたのさ。
ほんのさわりを読んだだけだが、読み応え十分であることがわかるだろう。とても1つのエントリーでは収まらないので、次回に続く。
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