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2007年7月 8日 (日)

アンリに花道を、ベンゲルに赤い悪魔を

 アーセナルの象徴が、カタルーニャへと去った事件は、プロサッカーがしょせん、ビジネスでしかないことをわれわれに思い知らせた。アーセン・ベンゲルを恩師と語り、クラブへの忠誠を誓ってはばからなかったティエリ・アンリにすら、義理人情のみで生き抜くことは許されない。デインという擁護者と愛弟子を一度に失ったベンゲルの去就は、どうなるのか。クラブの絶対者として理想を追い求めてきた指揮官には、ふさわしい処遇を期待したい。

 アンリ自らが明かしたように、バルセロナへの移籍を決断したきっかけは、彼のもう一人の擁護者デインの退任による。アメリカ人の買収者を斡旋しようとしたこの元・副会長は、つまるところオーナー側との争いに敗北し、その座を追われた。いわばサッカーそのものとは無縁の話なのだが、その経営陣の争いが「クラブの顔」の流出につながってしまうのだから、やりきれない。
 しかし、追い討ちをかけて物悲しいのは、アンリがアーセナルでの「これから」を憂慮したという事実である。これまで常に鉄人振りを発揮し、毎年のように得点王争いに加わってきた彼も、すでに若くはない。今シーズンは持病の治療のために「休暇」を余儀なくされ、リーグ戦でのゴール数はわずかに10にとどまった。バルセロナからの贅沢なオファーを前にして、彼はこう考えたのに違いない。「デインがいない以上、来季に契約を延長し、ここできれいに引退することは望めないかもしれない。恐らくは、先輩であるベルカンプのように、最後まで惜しまれてピッチを去ることは許されないはずだ……」。むろん、そう考える背景には、恩師である指揮官の契約が来年で満了するという事情もあった。彼にとって、デインとベンゲルという二つの後ろ盾が巨大だったのは間違いない。
 だが、ファンから経営陣の行動を左右できるほどの愛情を得ていると考えるなら、彼の選択も違うものになったのではないか。遠く日本の地で声援を送るわれわれからすれば、たとえ経営陣が売り時を選んで高値での売買を試みても、ファンがそれを許すはずがない!!とも思える。アンリにはそれだけの価値があるはずだ。いかに近年のアーセナルが惜しげもなく主力を売り払ってきたとはいえ、彼は別格だろう。しかし、30歳を目前にしたアンリ本人は、そうは考えなかった。デインが去り、ベンゲルの退任が予想されるなかでは、自らの価値を絶対視できなかったのも無理はないかもしれない。
 実際のところ、アンリがどのように考えたのかは、われわれにはわからない。しかし、どちらにしてもこの移籍は、ビジネスの論理に沿って行われたものといえる。クラブと恩師に忠誠を尽くしてきた男がカタルーニャへ去っていく理由は、「金のために自分が放出されることはない」と思えなくなったからに他ならない。

 我らが主将パオロ・マルディーニは、オーナーから「好きなときに引退すればいい」と告げられているらしい。少なくとも、ベルルスコーニ自身は、メディアにそう公言したことがある。かたやチームメイトたちは、もはや衰えを隠せないこの元・世界一の左サイドバックに対し、いついかなるときも惜しみない賛辞を送る。一方、出場機会を奪われがちのカラーゼが不満を漏らした折には、間髪いれずにアンチェロッティ監督が「気に入らなければ出て行けばいい」とやり返した。現在のサッカー界で、マルディーニほどアンタッチャブルな選手は存在しないといえる。
 十代でデビューした生え抜きのマルディーニと、ユーベから都落ちしてきたアンリでは、比較には値しないかもしれない。しかし、両者の境遇の差は、あまりにも開きすぎてはいないだろうか。フランス人であるアンリは確かにチームの生え抜きではないが、アーセナルを押しも押されもせぬ強豪に押し上げた功績の一端は、間違いなく彼にあるはずだ。ストライカーとしての能力、実績は間違いなくトップクラスで、しかも鉄人と呼ぶにふさわしいほどコンスタントに試合に出場し、得点を重ねてきた。今シーズンの欠場は、むしろその無理がたたったものであり、批判されるいわれはない。自ら望めばどんな強豪にでも行けたはずなのに、繰り返される移籍話のなか、彼はチームにとどまってきたのである。自らの処遇を悲観してチームを去るとは、あまりにいたたまれない話である。

 一方、もうひとつの神話の崩壊も間近に迫っているのかもしれない。ビジネスの論理が支配する欧州サッカー界で、アーセン・ベンゲルは理想と現実に折り合いをつけてきた数少ない人物だ。スタジアム建設を理由に財布の紐を締めるクラブにあって、若手を安く買い求め、チームの主力へと引き上げてきた。さらに、インテルで何もかもを失った天才・ベルカンプを復活させ、ミランでチャンスを得られなかったビエラを男にした。ユベントスで不遇を囲っていた快速ウインガーを世界一のストライカーへと変貌させたのは、今さら言うまでもないだろう。資金力ではない何かでのし上がってきたこのチームに、われわれは夢を抱いてきた。アーセナルは、経営陣のわがままではなく、監督であるベンゲルの指針に基づいて動く、稀なクラブなのだと信じてきた。アレックス・ファーガソンのマンチェスターユナイテッドと並んで、絶対者としての監督が理想を追い求めていくクラブチームとしてあり続けるのだと、信じていた。
 経営陣が出しゃばるクラブに、ろくな未来はない。今季のチェルシーは、その典型的な例を示してみせた。必要としていないスター2人を押し付けられたモウリーニョは、それでも予想以上の成功を収めたが、サッカーに内容が伴わなかったのは火を見るより明らかだ。一方でレアルに久しぶりのリーグ優勝をもたらしたカペッロは、クラブの将来を任せられないという理由で解任された。しかし、かつてレアルを率いて優勝した際にも、同じ理由でその座を追われたのではなかったか。なぜ彼を呼び寄せたのか、皆目見当もつかない。よもや、契約時にカペッロ本人が「今度はスペクタクルなチームをつくります!」と宣言したはずでもなかろうに…。世界屈指の指揮官をパートタイマー扱いする奴らには、遠からず天誅が下るだろう。むろん、ミラノの両雄もオーナーの露出度は高いのだが、幸いなことに彼らは金より夢を優先するロマンティストだったりする。金のために勝利を望むのではなく、勝利のために金を注ぎ込む。そしてベンゲルは、理想のサッカーのために、ない金をやりくりしてきたのではなかったか。
 アーセナルとはベンゲルであり、そのことを端的に示すのがアンリの成功と忠誠だった。今やそのアンリが去り、ベンゲルの王国の未来は完全に不明確となった。経営陣は思い知るだろう。多くの主力選手は、アーセナルというクラブではなくベンゲルのもとにいることを愛しているのだ。セスクが「自分の未来はベンゲルとともにある」と語ったように。
 来季が終われば、ベンゲルは去るのだろう。その行き先がどこかはわからない。かつてドイツ代表へのオファーについて、「興味深いものではない」といった男だ。レアルに行くような誤った判断を安易には犯すまい。日本? 冗談ではない。代表にはオシムがいるし、彼の理想を実現するにふさわしいチームがどこにある?
 ワタクシが望むのはただひとつ、マンチェスターユナイテッドだ。ファーガソンが築き上げた帝国を引き継ぐのに、ベンゲル以上の人材がいるだろうか。かのクラブであれば、2~3年後、アンリに花道を飾らせることも可能なはずである。セスクだって、喜んでスコールズの跡を継ぐだろう。
 チャンスは今しかない。ファーガソンが、経験の乏しいロイ・キーンに自らの跡を託すその前に。

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  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
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