桜木ジェイアールが劇薬であれば、まだ救いがある
とんでもないことをしでかしやがった。J.R.ヘンダーソン(アイシン)の帰化・日本代表入りは、アジア選手権兼北京五輪アジア地区予選まで2週間を切った今日になって発表された。考えられるあらゆる点で不愉快な決定であり、発表方法である。私の不快感などは措くとしても、この青天の霹靂(少なくとも一般のファンにとって)はチームを、協会の結束を、あるいは日本バスケ界を破壊しかねない衝撃であり、劇薬だ。
J.R.ヘンダーソン改め桜木ジェイアールは、ローポスト近辺で安定したシュートを放つ選手であり、ポイントゲッターとして計算が立つ。速攻と外角シュートでしか得点できない日本チームの弱点を補う、という意味では効果的な選考だ。
しかし発表のタイミングが悪い。佐古、柏木、網野といったアイシンのチームメートがいるとはいえ、わずか10日余りでコンビネーションを熟成できるというのか。6月末からメンバーを12人に絞り込んでヨーロッパ遠征を行い、ゲームを重ねてきたのはなんだったのか。メンバー構成を見る限り、ヘンダーソンに期待されるのは6thマンとしてゲームの流れを変える役割だの、バックアップだのというものではない。バリバリの中心選手としての働きが期待されているはずだ。中心選手が入れ替わるのなら、チーム作りは一からやり直しとなるのではないか。
4月19日の代表チーム活動開始時点で鈴木貴美一ヘッドコーチが「今後日本人帰化選手を追加する可能性はありますが、契約の完了していない選手もいるので、今の時点では入れていないだけです」とコメントしていたから、当然、早い段階でヘンダーソンをメンバーに入れる心積もりがあったのだろう(アイシンのヘッドコーチと選手の間柄だし)。帰化のスケジュールが遅れたのかもしれないが、しかし、今日のこの時点になってメンバーに入れるくらいであれば、練習に参加させていてもよかっただろう(させていたのか?)。ヘッドコーチにとって「想定内」であっても、選手にとってはアジャストのための時間が必要だ。
ヘンダーソンが入って、代わりにメンバーから外れるのが伊藤俊亮だというのも大問題。「さんざん代表合宿で引きづり回した挙句にメンバーから外すのか」という反発は封印するとしても、残った選手が青野文彦というのでは黙っていられない。
日本の弱点がインサイド、とりわけリバウンドであることは衆目の一致するところだが、弱いなりにも戦える選手が伊藤俊亮である。ここ数年の私の見立てではそうだ。だから昨年の世界選手権でも伊藤に期待を寄せていたわけだ。世界選手権で日本インサイド陣の中心となった古田悟は、確かに頑張っていたが、それだけに限界も見えていた。古田よりもポテンシャルが期待され、戦える選手というのが伊藤についての私の認識であるが、青野のポテンシャルは伊藤よりも大きい。
青野への期待はしかし、裏切られっぱなしだ。私はとうに見放している。
最初にガッカリさせられたのは2000年だった。1998年に世界選手権出場を果たした日本は、2000年のシドニー五輪への出場を現実的な目標としていた。だから五輪直前に、アメリカ、スペインとのテストマッチを組んでいた。ところが日本は山崎昭史の負傷とともに五輪出場権を逃した。予定通りに実施されたテストマッチは、五輪前の練習試合ではなく、4年後に向けた漠然とした練習試合となった。その時に期待とともに代表入りしたのが青野だった、というより、その2試合は青野のための試合と位置づけるほかなかったのだ。しかしその試合で青野はチキンだった。1対1で勝負せず、周囲にパスアウトすることしかしなかった。別にヴィン・ベーカーに負けたって、その時点で青野に失うものはなかったのに、勝負することすら避けていた。
山崎と同じ松下電器に入団した青野だが、山崎から何かを吸収した形跡はなく、山崎の陰に隠れたままだった。山崎の引退後も、ラン&ガンを始めたチームにあってアメリカ人監督の信頼を得ることはできずにベンチ暮らし。活躍するのは外国人選手が出場できないオールジャパン(天皇杯)だけだった。
そうこうするうちに伊藤俊亮が台頭したわけだ。チーム(東芝)で外国人選手と渡り合いながらゲームに出場し、代表でも着実に地位を固めた。青野が「与えられたチャンス」を放棄した一方で、自力で道を切り開いた伊藤に肩入れするのは、私にとっては当然のことだ。
もちろん青野の優れた点もある。メンバー表に「210cm」という身長を記入すれば、試合開始前に相手に威圧感を与えることができる。願わくば、それ以外の長所も示して欲しいものだ。
こんな風に青野への不信感と「それを覆してくれることを期待したい」とかいう結語で記事を書こうと思っていたのだが、そんな予定調和は、JR事件で吹き飛んだ。
桜木ジェイアールを入れて伊藤を外す、そんなことをして大丈夫なのだろうか? 上でも触れたが、鈴木貴美一ヘッドコーチは、日本代表のHCであると同時に、アイシンのHCでもある。そして自チームの選手を土壇場で代表チームに押し込んで、東芝の伊藤を外したわけだ。ただでさえ鈴木HCはアイシンの選手を偏重している。自チームのPG佐古を起用するし(PGには腹心を措きたいということだろうが)、引退間近のエリック・マッカーサー(先日、本当に引退した)を代表に呼ぶというのも「偏重」な印象を強めた。そこへもってきて今回の事件だ。こんな形で伊藤を外されて、東芝は黙っているのか?
それから、あっさり封印を解くが、「さんざん代表合宿で引きづり回した挙句にメンバーから外すのか」という反発は侮れない。ただでさえ手弁当な印象の強い代表活動なのだから。
こんなふうに「アイシン対他チーム」の形になるのは望ましくないはずだ。bjリーグとの対抗上、結束する必要もあるのだし。
なによりも気になるのは、今回の発表がどうも「してやったり」「得意満面」な気配に感じられることだ(現時点では会見の模様などを見たわけではなく文字面だけからの連想ですが)。
ライバル国に対して「してやったり」という気持ちになるのは必ずしも不適切ではないし、敵国のスカウティングを無効にする効果があるだろう。しかし反面、私は「敵を欺くためにはまず味方から」の一環で騙されたような気分にさせられた。12人固定メンバーでの合宿からメンバーを入れ替えるなんて、そこまでの情報戦をしなければ勝てないのならば情けないし、そんな情報戦をしても大勢に影響はないとも思えるし、いずれにしても巻き込まれた私は不愉快なのだ。
今日のメンバー発表に続いて、明日17日には「新リーグ」のウェブサイトもオープンする。一連のスケジュールは、来るアジア大会とともに、日本バスケ界をも盛り上げるための打ち上げ花火のはずだ。それがこの騙し討ちでは、やり切れない。意表を突けばなんでもいいとでも思っているのだろうか。
なんだか本心からガッカリしてきた。今回のJR事件は、日本バスケの低迷を再加速するターニングポイントになりうるし、逆にうまくいったとしても、劇薬として北京五輪出場権を得るだけのことでしかないような気がする。いや、最悪なのは劇薬だと思っていたら賞味期限切れでなんらの反応も起こさないということか。特効薬であれ劇薬であれ、大きなうねりを引き起こす力があればまだ面白いのだけど、なんの反応もなく淡々と粛々と日本バスケ界の低迷期が続いていくというのが、最も恐れるべき事態なのかもしれない。
7/23追記:今回のいきさつについては http://www.basketball-zine.com/bb/archives/2007/07/jr.php が詳しいし、このレポートによって多少は納得もした。 ただし、文脈には関係ないが「いすゞ自動車の小浜元孝…といったJBL、WJBLの兼任コーチたちが、自チームを中心に日本代表を作ってきた」の1文には違和感が。第2期小浜政権下ではいすゞがリーグ屈指の強豪だったからだし、第1期小浜政権では主力選手は軒並み他チームだったと記憶するので(北原、岡山、小野…)。« アンリに花道を、ベンゲルに赤い悪魔を | トップページ | 味方に馬連を買わせる高原 »
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