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2007年12月 9日 (日)

失われたオシムの夢、我々の夢

 志半ばにしてイビチャ・オシムはチームを去った。欧州基準の攻撃サッカーをめざした老将は、我々に精一杯の夢を見せたまま、リタイアを余儀なくされた。後任に指名されたのは、岡田武史。日本人唯一のW杯出場監督は、「彼しかいない」とかいう訳のわからない理由で就任を果たした。オシムとは180度異なるコンセプトでチームをつくる彼に、跡を継ぐことは望み得ない。

 オシムが思い描いていたのは、日本人がやる「攻撃的サッカー」に他ならない。フィジカルで劣り、技術やセンスを試される場のない日本人選手たちで、いかに世界に通じるアタックを実現するのか。それはだぶん、バルセロナやリヨン、あるいはアーセナルやローマといったクラブチームに比肩するものでなくてはならず(そうでなくて、どうやってW杯で勝つのだ?)、老将は選手やメディアにプレッシャーを与え続けた。まるで、「こんなところで満足してどうする?」と言いたげに。
 例えば、就任間もない頃、極端なマンツーマンディフェンスを課したのは、世界基準のカウンターに対応するための処方だったろう。世界で戦う以上、カウンターを浴び、自分たち以上のレベルの選手たちと1対1になる状況は避けられない。これを恐れて自陣に閉じこもるのであれば、攻撃的なサッカーなどできようはずもない。本人自らが語り続けたように、「対戦相手は基準ではない」ことは、オシムの首尾一貫したスタンスだった。我々は、彼が選手に差し出す「宿題」に頼もしさを感じ、メディアに向ける言葉に「さにあらん」とうなづいてきた。なぜならオシムの目標は我々の目標であり、そのために行う試みは常に刺激的だったからである。

 そのオシムが病に倒れ、舞台をあとにした。突然の終焉である。チームが未だ完成の域に達していないことは誰の目にも明らかで、これに対してサッカー協会は、「オシムの業績を継ぐ人材を後任とする」との方針を発表した。ところが、なぜか早くから岡田武史の名前が挙がり、混乱もないままに就任が決定。もっとも、先走ったスポーツ紙が「オジェック就任」と見出しを掲げたこともあったが…。
 なぜ、岡ちゃんなのか。協会は例によって、その理由をきっちりとは説明しない。まるで、加茂周の跡を継いで98年W杯に出たから、今度も大丈夫なのだと言いたげに。

 もし、本当にオシムの跡を継ぐことが第一義だったとすれば、問われるべきはオシムがめざした理想を実現できるかどうかであり、少なくともオシムと同じ目標を持っていてしかるべきだろう。しかし、それにしてはオシムと岡ちゃんとの戦術には隔たりが大きすぎる。というより、そこには決定的な違いがあるのではないのか。
 岡ちゃんの戦術の出発点は、「どのようにして点を取るか」ではなく、「いかにして失点を許さないか」にある。最大のピンチであるカウンター対策を最優先し、それゆえに無理のない(守備陣の崩れない)攻撃を志向する。98年のW杯でも、コンサドーレ札幌でも、横浜マリノスでも、そうだった。サイドバック(あるいはウイングバック)に豊富なスタミナを要求し、10番と2トップだけでも得点できるチームをつくる。それは、薄氷を踏んでまで得点をめざすオシムのアタックとは、似ても似つかぬものだ。選手たちが自らのポジションを捨て、躍動するサッカーは、岡ちゃんのめざすところではない。
 岡ちゃんも、就任会見ではそのことをしっかりと語った。「オシムさんのサッカーは、オシムさんでなければできない」。わかりきったことを、言わなければならなかったのだろう。

 就任が決定するまで、ワタクシは岡ちゃんが辞退する可能性も考えていた。実績ある監督に対し、縁もゆかりもない監督の跡を継げというのだから、失礼にもほどがある。しかも彼は、W杯出場という偉業を果たした唯一の日本人監督ではないか。本来であれば、満を持して声をかけるべき人材のはずだ。それを困ったから呼びつけるというのであれば、原辰徳をクビにして「ただの読売の人事だ」とうそぶいたジジイの所業と変わらない。
 そもそも、岡ちゃんの名前がメディアに出た経緯自体、おかしなものだった。恐らくは、スポーツ紙にいち早く事実をつかまれたため、スポンサーである朝日新聞に慌ててリークしたというところだろう。その後、岡ちゃん本人のコメントが一切ないままに、協会内部での意見統一が進められる様子が語られた。まるで、岡ちゃんが了承することはすでに決まっていたかのように。

 結局のところ、我々はオシムの挑戦が終わったことを認めざるを得ない。岡ちゃんが悪いといっているのではない。彼もまた、日本人の中ではトップクラスの監督だ。しかし、ワタクシがオシムにみていた夢――日本人が織り成す攻撃的なサッカーの実現は、潰えた。岡ちゃんは無難なチームをつくり、恐らくは無難な敗北を喫するのだろう。その地点がアジア予選なのか、本大会のグループリーグなのか、あるいはまた決勝トーナメントなのかはわからない。しかし、ワタクシがみたかったのは、日本代表が欧州の中堅国相手にイニシアチブをとり、守備を固めさせる姿だった。それはもうしばらく、望むべくもないのだろう。

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  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
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