« コートジボワールはヨーロッパ | トップページ | 岡ちゃんの方針転換がもたらす古くて新しい課題 »

2008年5月28日 (水)

エリゼウに満足できない都並敏史の高邁な理想

 横浜FCの中盤守備は、エリゼウのフィルター機能がストロング・ポイントだ。なにしろ彼はアジエルのドリブル突破を許さない。J2の各チームがアジエル対策を練る中で垂涎の的ともいえるエリゼウを、ハーフタイムで交代させた都並敏史監督の真意は、J2の現実主義などよりもはるか高みにある。
(2008年5月25日 湘南ベルマーレ4―1横浜FC 平塚競技場)

 前回対戦時にも同じようにアジエルを封じていたエリゼウだが、その2試合ともゲーム途中で下げられている。今回は、特に接触プレーもないのにピッチの外で治療を受けるなどしていたから、コンディションの問題が原因なのかもしれないが、そういった事情がなくとも、都並がエリゼウを信用しきってはいないことがうかがえる。
 試合後の都並のコメントによると、
 「エリゼウの悪い癖は気合が入ると食いつきすぎること。相手がいい状態でも自分のポジションを上げて飛び込みすぎて、相手の中盤にスピードアップさせてしまう癖がある。その癖が最近はすごく収まってきていたが、今日は如実に表れていたので交代を余儀なくされました」
 さらに続けて、後半の2ボランチ(根占真伍、三浦淳宏)に対しては、「守備ブロックのバランスを整えるように」と指示したという。
http://www.jsgoal.jp/news/00065000/00065594.html
 つまり都並は、アジエルに対して1人の選手がついていくのではなく、(引き気味の)守備ブロックを構築してゾーンで守ることを意図しているのだろう。
 たとえば5月6日の甲府戦後に都並が、
 「甲府、仙台、鳥栖、湘南のようなショートパスを数的優位を作ってつなげてくるようなチームに対して、あまりがつがつ突っ込むディフェンスはしたくなくて、粘り強いディフェンスを今シーズンそういう相手に対してやっていこうという形で進んでいます」
と述べているのも、これと符合する。「突っ込むディフェンス」でバイタルエリアを空けたくないということだろう。
 サガン鳥栖の岸野監督が聞けば卒倒するのだろうか。再三にわたってアジエルにマンマークをつけながら、人材難で失敗した鳥栖からすれば、使わないならエリゼウをくれ、と言いたくもなろう。

 ただ、都並の思惑も一本筋は通っている。
 たぶん彼は自チームの選手達の技量に自信がある。2試合しか見ていないものの、私も横浜FCの各選手がテクニックに長けていることを感じる。そうした選手の平均の高さを生かすことを意図しているのだろう。エリゼウの個人能力に頼らなくても、バランスを崩さずに各選手間で受け渡しながら守ることが可能だと踏んでいるのだろう。
 試合中に選手どうしが頻繁にポジションを入れ替えるのも、それと同じ理屈だろう。どの選手がどのポジションに入ってもそれなりに対応できるサッカーを目指し、実現可能性があると考えているのだろう。
 前節の5月22日広島戦後のコメントで、
 「いつもの悪い癖で流動的な動きができないまま相手に時間を長く与えてしまったことが最終的な我々の消耗につながってしまたという印象です」
と述べていることもこれを裏付ける。「流動的」がキーワードだ。実際、横浜FCのサッカーは「流動的」で、試合を見ていても混乱する。

 これに対して「観客だけでなくやっている選手も混乱している」「角を矯めて牛を殺すような戦略だ」「しょせんJ2の選手なのにオールマイティな能力を求めるのは間違っている」といった論評が可能だろう。私もそれらに同意する。
 だけど、それを行っているのは都並敏史だというところに不気味さがある。仙台、ヴェルディ、セレッソと、目の前の勝点を拾っていくことの重要性を毎年突きつけられてきた彼が、それを認識しつつ理想を追っているのだ。成算があるのではないかと、警戒してしまう。

« コートジボワールはヨーロッパ | トップページ | 岡ちゃんの方針転換がもたらす古くて新しい課題 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: エリゼウに満足できない都並敏史の高邁な理想:

« コートジボワールはヨーロッパ | トップページ | 岡ちゃんの方針転換がもたらす古くて新しい課題 »

高スポ執筆者

  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
  • 三鷹牛蔵
    高スポの陰の支配者。湘南ベルマーレを愛する先天性ジャパニーズ。

姉妹ブログ


三鷹牛蔵twitter

無料ブログはココログ