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2008年8月15日 (金)

ふがいない反町と、なでしこのモダンさ

 反町ジャパンが3戦全敗の憂き目に遭うなか、なでしこジャパンは決勝トーナメント進出を果たした。未完成なチームで臨んだ反町の責任は重く、チームのためではなく自分自身のために戦う選手の姿には、不快さを禁じ得ない。一方でなでしこは、ひたむきさとチーム力を武器に強豪ノルウェーを大差で下す。彼女たちの戦いぶりには、相変わらずパワー重視の女子サッカーを変えるだけのモダンさを感じずにはおれない。

 危惧していたとおりのグループリーグ敗退だ。反町ジャパンの戦いぶりは、ふがいないの一言に尽きるものだった。3戦全敗して、1得点4失点。いずれの試合でもシュート数は互角かそれ以上だったが、すべてが1点差のゲームである以上、「攻めさせてもらえる時間」がより長かったことは指摘されねばならない。
 しかし、問題にしたいのは数字が示す結果というより、試合の中身そのものである。いうまでもないが、気候に関しては日本にむしろ分があったはずだ。湿度の高い猛暑という環境は、いずれの対戦相手よりも慣れており、そのことは後述するなでしこジャパンのプレーぶりからも明らかだ。にもかかわらず、チーム全体が躍動していたとはいい難く、どの試合でもあと1点が奪えなかった。両サイドバックは再三、果敢なオーバーラップを仕掛けていたというのに、カウンターは効率よく機能しなかった。昨年、指摘したように(「反町の限界は、本大会で露呈するだろう。同等以上の相手と戦ったとき、彼らはコンビネーションというものの価値に直面するはずだ」)、チーム戦術が完成していたとは到底、いい難い内容だった。
 戦犯に挙げられるべきは、監督である反町であり、攻撃のタクトを任された本田圭だろう。予選を通して100人近くを試した指揮官は、ついぞ攻撃の核をつくることはできなかった。そして指揮官が個人の能力に攻撃を委ねるなか、最後までピッチに残った本田は、無為無策のままに中盤に居座った。毎度のことながら、この世代には「チームのために戦う」ということが浸透しない。今回は、そうではない何人かの選手がいたにもかかわらず、反町は彼らを中心に据えることはしなかった。たとえ浦和と喧嘩してでも、闘莉王か鈴木啓太あたりを呼ぶべきではなかったのか。本当にメダルが欲しいなら、サッカー協会もそろそろ真剣に考えるべきだろう。それとも、メダルを取ったら取ったでメキシコ五輪関係者がデカイ面できなくなるので困るのだろうか?

 とはいえ、日本がメダルを取る可能性は残っている。強豪ノルウェーを大差で下したなでしこは、健在だ。
 一言でいって、なでしこのサッカーはモダンだ。守備の局面では人数をかけ、攻撃に当たっては選手が思い切って飛び出していく。それでいてショートパスによる崩しこそが彼女たちの真骨頂で、ピッチに難のある今大会では苦戦を強いられている。だが、彼女たちのひたむきさは、気候面での優位性を最大限、生かしている。そこが、反町のチームとは決定的に異なる。
 女子サッカーの世界は、現在もパワー重視である。欧米の大柄な選手たちを、日本人選手は一人では止められない。ボティコンタクトでわたり合えるのは、せいぜいエース・澤とFW永里くらいで、相手のパワフルな突破に備え、常に複数でケアできる状態を保つ必要がある。だから、前線でのボールキープを前提にした攻撃は、絶えず逆襲の恐れと表裏一体だ。多くの女子チームは、自陣でボールを奪ってからのカウンターを唯一の攻撃の型としている。だからこそノルウェーのように、勝ち越されていながら、前線までボールを奪いに来ないといった不可思議なことが起こり得る。彼女たちにとって、ディフェンスラインから前線の長身FWへロングボールを放り込むのは、「効率が良い」というより「正しい」のだ。キック力も含めたパワーの差が明らかであるため、運よく敵陣でボールを得れば、彼女たちは一発のシュートで試合をひっくり返せる。それが、アジアと南米の一部を除いた女子サッカーの現在の姿である。
 しかし、こうした相手と戦うため、なでしこはモダンさを選択する。手に入れたボールを無駄にせず、つないでいくことでチャンスをつくり出す。相手に囲まれる前にパスをつなぎ、拙い相手の守備戦術をかく乱する。そう。体格に任せた女子サッカーの世界には、未だまともな守備戦術は存在しない。スタミナを浪費したノルウェーがさんざんにやられてしまうのは、そのことによる。その意味で、なでしこの躍進は女子サッカーの世界を変え得るものだと思う。
 例えば、キャプテンでありディフェンスの要である池田(旧姓・磯崎)は、華奢な体格ながら、ラインコントロールのうまさでコンパクトな陣形を保つ。しかし、彼女が敵の大柄なFWと体格面でわたり合えないのは、誰もが知っている。そのことは、全選手が守備に戻る速さが証明している。他のどの国よりも、それは速い。またポスト役のFW永里は、前線でボールを追い回してその時間を稼ぎ、時には自陣に戻ってまでタックルを仕掛ける。こうした戦術はいかんせん、速攻の遅さにつながっていく。しかし、右サイドバックの近賀は自虐的ともいえるオーバーラップを敢行し、2トップをフォローする。そして右サイドバックをもこなせるMF安藤がすかさず、その背後をケアしていく。2人はポジションチェンジを繰り返しながら、相手をかく乱し、常に速攻に備える。そして何よりも、絶対的なエースである澤が、ポジションをボランチに移していることこそ、なでしこのモダンさを象徴するだろう。万能選手である彼女は中盤の盾となり、チャンスがあれば決定的なプレーを狙う。もはや彼女の自由を奪えば攻撃力が半減するチームではない。個人対個人の戦いではなく、チーム対チームの戦いに持ち込むこと。それこそがなでしこのめざすものであり、北京の気象は優位に作用している。惜しむらくは芝の長さで、キック力に劣る日本人選手にとっては、パスサッカーを徹底するにはかなりの不利があること(わかっている澤は、あえてグラウンダーのパスを多用しない)。

 反町には何度となくゲンメツさせられたが、なでしこの戦いぶりはむしろ誇らしいものだ。しかし、サッカー協会によるバックアップの差は男女間で歴然であり、にもかかわらずなでしこがベスト4にでも入れば、オリンピックに対する姿勢を問われて然るべきだろう。かつて若い世代の招集を控えたオシムが、「日本人のオリンピックに対する思いは理解しているつもりだ」と不本意そうに語ったのは記憶に新しい。フル代表の監督が遠慮しなければならないオリンピック代表の姿が、しょせん、あれなのだ。そもそもNHKにしたところで、予選敗退の決まった反町ジャパンの中継はきっちりと行うくせに、なでしこのノルウェー戦は前半を生中継しない始末。あれだけのチャンネル数を擁しながら、そのような扱いとは我慢ならない。オリンピック開幕前の緒戦を生中継したテレビ朝日に至っては、もはや何の関心もないらしい。

 まあ、いい。今夜のゲームは生中継だ。教育テレビでの放送ということは、急遽、手を打ったということなのかもしれない。それにしても、男子のブラジルとアルゼンチンが見たい……。

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コメント

あれでは、本田圭にしても責めるのは酷なんじゃないでしょうかね。この世代が培ってきた連携をすべてキャンセルする選考で、しかも直前の壮行試合二試合とすらスタメンとフォーメーションが違う。まったくのぶっつけ本番。これでは、どんな選手であっても、実力など発揮できないでしょう。

 コメント、ありがとうございます。

 当方が言いたかったのは、水野などが消えていった中で、最後まで残った彼が、それに値する実力を示せたとは思わないということ。試合中の連携云々について、本田に責任があると書いたつもりはないです。そうではなくて、自分のスキル・能力すら示せなかったのではないか、ということ。例えば、反町は彼のFKに期待したのかもしれないけれど、さほどの見せ場は作れなかったし、しかも自ら蹴るのを拒んだ場面もあったはず。つまり、スカウトが「欲しい」と思うようなプレーを見せたとは思わないということです。

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高スポ執筆者

  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
  • 三鷹牛蔵
    高スポの陰の支配者。湘南ベルマーレを愛する先天性ジャパニーズ。

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