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2008年9月23日 (火)

世界のバスケの趨勢と田臥勇太の帰還

 北京五輪で示された世界のバスケットボールの趨勢は、バスケ界の周縁に位置する日本バスケにも影響を及ぼす。田臥勇太の国内復帰(リンク栃木ブレックスと契約)も、その文脈の中の出来事だ。

 まず強調すべきなのは、北京五輪におけるアメリカ代表(本稿では男子のことを話題にする)の金メダルは、相当な研究と努力の賜物であるということだ。「本来あるべき姿への回帰」「取りこぼしを排した本領発揮」などと総括できるような簡単なものではなかった。
 目についたのはシュートセレクトの良さと、外角シュートの安定した成功率の2つだ。前者はコーチ陣の研究と選手にそれを徹底させた指導が見事だし、後者は選手達が国際ルールのボール(NBAより少し大きい)での調整をきちんとしてきたということだろう。ただし、どちらか一方では効果はなく、両者がともに向上したことが好結果に結びついたと思う。
 具体的には、リングに向かうドリブルへのこだわりを捨てたのがポイントだ。
 マンツーマンディフェンスが基本のNBAでは、マッチアップの相手を抜き去ると、あとはリングへ一直線に進むのが定石だ。しかし国際ルールの下では、これが通用しない。2人目、3人目が待ち構えているのに突っ込んでいくのでは、成功率は低くなる。2年前の埼玉ではレブロン・ジェームズがそれを繰り返していた。また、埼玉では、突っ込んでいって相手を引きつけたところでパスアウトし、ノーマークでシュートを撃たせてもそのシュートが安定していなかった。外が決まらないならと、ますますレブロンは突っ込んでいった。まさしく悪循環。まるで「ジョーダン・ルール」にはまっていた頃のシカゴ・ブルズの話をしているみたいだ。
 北京では、この悪循環を断ち切ることに成功していた。シカゴ・ブルズがトライアングルオフェンスというシステムの導入で対処したのとは違い、個々の選手の意識変革とちょっとしたシュートタッチの調整によって。つまり、無理に突っ込まずミドルショットを狙う、パスアウト後の外角シュートの正確性を上げる、という2つを実践できていた。時間のない選抜チームならではの対処といえるかもしれない。
 さらに、今まで手こずっていたゾーンディフェンス対策にも進歩が見られた。2―3ゾーンの弱点である「2」と「3」の間(フリースローラインの辺り)に選手を飛び込ませてパスを入れる。パスを受けた選手はドリブルはせずに、その場でジャンプショット、90度(リングの真横)付近の味方にパスしてシュートさせる、ローポストの選手(特にドワイト・ハワード)にパスを入れる、という3つの選択肢から随時次のプレーを選択していた。

 作戦面、技術面は以上のとおりだが、メンタル面でも今回のアメリカ代表チームは素晴らしかった。とにかく、レフリーに文句を言うシーンが私の記憶に残っていないのだ。不振時のアメリカチームはレフリーに対してフラストレーションを貯めることが多かったのだが、今回は違った。アメリカの選手にとって不当と思われる判定がなかったわけではない。たとえば決勝でスペインの選手はアメリカの選手がトラベリングを犯していると主張していたが、私はむしろ、スペイン選手のムービングピックに笛が吹かれないことのほうが気になった。それでも、イライラせず、淡々とゲームに臨んでいた。この点だけでも今回のチームは王者にふさわしいと評価できる。
 私がこれほどまでにアメリカチームを持ち上げるのは、このチームが、ポテンシャルを余すところなく発揮したと思えるからだ。理想のチームとはいえないものの、与えられた条件の中で最善を尽くしたチームだったと思えるのだ。
 スター偏重の選手選考でバランスが悪い点は、間違いなくアメリカ代表チームの欠点だと私は考えているが、それでも現実的には改善は不可能だろう。世論への配慮を考えると「選手の格」というのは無視できず、スペシャリストを入れることは難しい。そのような選手選考の制約に加えて、練習時間が十分にはとれずチーム戦術を構築することもできない中で、可能な範囲で手を打って結果を出したのだ。素晴らしいではないか。

 アメリカがベストを尽くしたにもかかわらず、ドリームチームのような圧倒的な勝ち方をしたわけではない。
 準決勝で対戦したアルゼンチンはジノビリを欠きながら最後まで食い下がり、決勝で対戦したスペインは最後まで逆転可能性を残しながらゲームをつくった。両チームとも、アメリカのペースを乱すためのスローダウン作戦をとらず、真っ向勝負で点の獲り合いを挑んだ。
 アメリカの出来が良かったから勝てたのであって、アメリカが少しでもしくじっていれば、今回もスペイン辺りが優勝していたはずだ。やはり、世界とアメリカの差が縮まっているのだ。
 
 こうしたアメリカの相対的地位低下は、選手の移籍動向や世界各国のリーグのあり方に影響を与えている。
 最も注目されるのは、NBAでロスター入りが確実視されるレベルの選手が続々とヨーロッパに移籍しているということだ。ヨーロッパの有力チームが豊富な資金力をもっている(2010年にフリーエージェントになるレブロン・ジェームズに対して5000万ドル用意するチームもあるとか)こともさることながら、選手達の間でヨーロッパでプレーすることのステータスが向上していることの表れだろう。
 そして、そのことによってNBAの編成担当者やスカウトが今まで以上にヨーロッパに注目する。もとより、サンアントニオ・スパーズなどのチームが外国人選手を上手く活用してきたが、その段階よりもさらに一歩進んだ。というのも、ヨーロッパにおいて未知の選手を発掘するというだけでなく、NBAの1軍半クラスのアメリカ人選手の動向も同時にチェックできるようになっているのだ。

 とういうことで、ようやく田臥勇太の話。
 田臥が過去3シーズンにわたってプレーしてきたNBAデベロップメントリーグ(Dリーグ)の存在意義がぐらついている。このDリーグは、NBAによって運営される初めての(だったと思う。未確認)下部リーグであり、育成リーグである。NBAからあぶれた選手に定期的なプレー機会を与えることが主目的のようだが、このDリーグの主目的である「あぶれた選手に定期的なプレー機会を与える」が欧州リーグに肩代わりされつつある。そりゃそうだ。所詮はマイナーリーグであるDリーグよりも、大金オファーの外国リーグに選手が流れるのは当然だ。
 そうなればスカウト達の目も外国に向き、Dリーグの地位低下は避けられない。未知の選手の発掘と、1軍半選手のチェックが1箇所で出来るのだから。
 これまで田臥は、「アメリカにいること」「呼ばれた時にすぐ応じられること」を重視していたが、それは武器にならなくなってきている。外国リーグで結果を出すこと、ナショナルチームで活躍することが、NBAをめざすうえでかつてなく意味を持つようになっている中で、田臥にとってDリーグにいることのメリットは減少していた。

 そういった大局観を抜きにしても、田臥にとってDリーグは労多くして益のないものになっていた。大半のアメリカ人コーチは田臥の第1印象が悪い。サイズがないから当然だが、その第1印象を覆すことから始めなければならない。数少ない出場機会に確実にアピールして信頼を得なければならず、1度でもしくじれば振り出しに戻ることになった。チームの中で地位をつかみかけた段階でシーズンが終わり、翌シーズンはまた1から始まる。見ているこっちが徒労感を覚えるサイクルに陥っていた。
 その意味で、日本に戻る理由が「プレータイムを得たい」「圧倒的なスタッツを残したい」というのは妥当なものだ。今まで見向きもしなかったヨーロッパへの移籍も視野に入れた(NBAだけでなく、ヨーロッパからのオファーがあった場合にも田臥に選択権があるらしい)ことといい、NBAのスカウティングの傾向変化に対応したものだ。
 個人的には、1年早くこの決断をすべきだったと思うが、高校時代の恩師である加藤三彦ヘッドコーチの誘いも決断を後押ししたのだろうから、しかたないか。

 今シーズンからJBLに加盟するリンク栃木ブレックスは、田臥だけでなくシューティングマシン川村卓也もおり、2人でバカスカ撃ちまくるのだろうか。そして伊藤俊亮が地味にリバウンドに奔走すると。うわ、なんかすごく見てみたいよ、そのバカチーム(褒め言葉)。まあ、いざ始まれば田臥は賢いプレーをしちゃうんだろうけど。

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  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
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