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2008年10月18日 (土)

岡ちゃん戦術と闘莉王は水と油

 ウズベキスタン戦の引き分けは、バーレーンに対するアウェーでの勝ち点3を帳消しにした。この結果に岡田監督は、「まだ問題ないと思っています」とコメントするが、メディアは次のカタール戦で負ければ解任!と騒ぎ立てている。しかし、彼が抱える本当の問題は、就任から十数試合を経てもチームに成長がみられないことに尽きるだろう。失点シーンから、問題点を洗い出したい。

 ホームで引き分けたという事実は、もはやどうでもいい。耐え難いのは、監督交代から10カ月が経ったにもかかわらず、チームがあまりにもちぐはぐなことだ。メンバー内で戦術の共通理解があるとは、到底思えない。味方に楽をさせるためのプレーはほとんどみられず、個人技と運頼みの展開が繰り返される。選手たちは、相乗効果なんて発想をまったく持ち合わせていないのではないか、と思われてならない。

 例えば失点の場面だ。敵陣深く攻め込んでいたチームは、ゴール前でのプレーから実にあっさりと逆襲を受けた。前半26分、中村俊輔?の放ったラストパスともいえるボールは、相手DFにスライディングでパスカットされてしまう。運悪く?ボールの転がった先には、敵の中盤の選手がおり、フリーでボールをキープ。これを見た日本の中盤は一瞬、プレスを仕掛けにいくかどうかを迷い、結果的に中途半端なプレーを選択してしまう。遠藤や内田が自らマークすべき相手を確認するなかで、長谷部は単独でプレスに行き、ボール保持者に到達する以前にパスをはたかれる。
 この場面で2対2の局面となるのだが、最もボールに近かった相手選手はパスをスルー。後ろからボールを受けに来た敵の選手に対し、遠藤と玉田が前後から挟みに行こうとするが、彼はワンタッチで先ほどスルーした味方へパス。この2本のパスで、日本のボランチ2人はあっという間に交わされたことになる。これを見て、阿部は自らマークすべき選手から放れてフォローに来るが、それを見た敵の選手はダイレクトで前線・右サイドへ浮き玉を送る。精度を欠いたパスは闘莉王の頭上へ上がるが、不用意にも彼はジャンピング・ボレーでクリアしようとして失敗。自らは尻餅を付いた上に、ボールはほぼ垂直に舞い上がってしまう。
 このミスにより、日本の守備陣は完全に崩壊する。起き上がった闘莉王は1人で2人の選手を相手にせざるを得なくなり、1人にヘディングでパスをさせてオフサイドを取ろうとするが、その意図はシャツキフをマークしている中澤には通じていない。そして、右サイドに抜け出した敵の選手は、闘莉王を追い越す形でボールを得てしまう。今度は、中澤がシャツキフのマークを半ば捨てざるを得なくなり、右サイドに寄って行くのだが、逆サイドの内田はシャツキフのマークを受け継げる位置にはいない。なぜなら彼は、ボールを奪われた瞬間から敵の選手が左サイドを駆け上がってくるのを警戒し続けており、オフサイドをとろうとした闘莉王と同じラインにいたから。こうして、グラウンダーのクロスからシャツキフにあっさりと先制されたわけだ。

 問題の根幹は明らかだ。現在の日本代表には、連係というものが不足している。第一に、ゴール前でボールを奪われた場面で、しっかりと中盤が押し上げていれば、たとえ不意にボールを奪われても、即座に複数人でボール保持者へプレスに行けたはずだ。また、その後にウズベキスタンの流れるような展開を許したのは、いかにマークの受け渡しがまずいかを物語る。オフサイドを取り損ねたプレーに至っては、ケガで試合を休みがちな闘莉王が、所属するレッズと同じプレーをしたことによるはずだ。
 なお、テレビの解説では、あたかも中央にポジションを絞っていなかった内田が原因のように言っていたが、それは本質的な原因ではないだろう。彼はカウンターを受けている間、ずっと逆サイドを1人でカバーしていたのであり、あの瞬間に中央にいることはほぼ不可能だ。本来なら中村俊輔が埋めるべきスペースを誰もフォローしなかったという、やむにやまれぬ事情があったはずだ。それならばむしろ、闘莉王の軽率さこそ批判されてしかるべきだ。ジャンピング・ボレーでクリアしようとしたこと以上に、その後、安易にオフサイドが取れると考えたことについて。なぜなら、彼は一切、周囲を確認していなかったのだから。

 つまり、高い位置で積極的にプレスに行き、速やかな逆襲を狙うという岡ちゃんの戦術は、まったく機能していないと思う。攻撃の面では、選手が中央に密集しがちで、その結果、ボランチの上がりを自ら抑えこんでしまっている。両サイドにパサーを置く陣形が原因ともいえる点で、自らの首を絞めるように、彼らはボール保持者に寄っていく。その行為は当然ながら相手の密集を招き、結果としてパスコースを限定してしまう。守る側にとってはむろん、複数人での「ボール狩り」がしやすくなる。時折、逆サイドでフリーになっている味方へパスをつなげられるのが、ほとんど唯一の攻撃パターンとなってしまっている。フリーキックを除くと。
 岡ちゃん自慢の守備戦術に関しては、もっと重症だろう。失点シーンもそうだが、ボランチが敵陣でプレスに行った結果、逆襲を喰らう場面が多すぎる。これは結局、最終ラインの押し上げがないうえ、サイドでのマークが甘いことが原因だ。率直にいって、彼らは間違っていると思う。かつて岡ちゃんが好んでいた守備のイメージからすると、ここは徹底されてしかるべき点で、現状のアンバランスさでは、やられて当然だ。最終ラインに関しては、闘莉王の離脱が多すぎるという情状酌量の余地はあるものの、中盤の構成に関しては明らかに問題がある。両サイドにパサーを並べたうえ、ボランチに守備力に難のある選手を使うのは致命的だ。あれでは岡ちゃんのリアクションサッカーは叶わない。仮に、このまま続けていけばモノになると思っているなら、あまりにも認識が甘いといわざるを得ない。

 また、岡ちゃんのめざす4バックのリアクションサッカーと闘莉王の存在は、水と油ではないだろうか。やたらとオーバーラップしたがるため、得てしてボランチの一枚がプレッシングに加われない。さらに、内田や長友といったサイドバックの選手の守備力には難があるため、最終ラインには不安を残す。闘莉王の守備力が優れているからこそ、上がってしまったときのフォローが大変になる。そんな心配が、岡ちゃんに左サイドバックに阿部を起用させるのではないだろうか。確かに、選手間の連係を高めていけば何とかなるという考え方はあり得ようが、それにしては闘莉王不在の試合があまりにも多すぎるのが痛い。
 いっそのこと3バックにしたほうが良いと思うのだが、いかがだろう。不在の際は、とりあえず阿部を置いておけば、それなりに闘莉王役を演じるはず。センターバックに闘莉王、中澤以外のレギュラーが必要になるが、中澤の年齢や闘莉王のコンディションを考えれば、どっちにせよ見出しておかなければならない戦力なのは間違いない。これならば遠藤や中村憲剛を起用しても、中盤には厚みが出るだろう。
 というより、ワタクシは岡ちゃん就任時から、最終的には彼が3バックを選択すると思っている。前回のフランスW杯でもそうだったが、本選に臨むに当たって、「中央は2人でカバーしきれなければしょうがない」という開き直りは、彼には持てないと思う。ワタクシ個人は3バックを望まないのだが、監督が岡ちゃんであれば、致し方ないと考える。

 もっとも、連係不足の原因は、本質的には選手にあろう。監督の描くコンセプトがどうであろうと、試合のなかで臨機応変に対応していけなければ、チームの成長は望めない。何よりもまず、個々の選手にプロ意識が欠けている気がしてならない。また、日本では相変わらず「ピッチ上の監督が必要」といった話が出てくるが、意味が履き違えられているように思う。世界では、自己主張の強い選手たちをまとめるためにそのような人材が必要とされるわけだが、日本では逆に、そうした人材が選手たちの自主性と闘争心を引き出し、チームに一体感をもたらすかのように語られる。そんな都合のいいことがあれば、監督なんてそもそも必要ないと思うのだが。

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高スポ執筆者

  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
  • 三鷹牛蔵
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