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2011年10月15日 (土)

失墜するベンゲルというブランド

 アーセナル=アーセン・ベンゲルというブランドは、今や急速に価値を失いつつある。開幕前にセスクとナスリを一度に失い、リーグ戦7試合を終えた段階で15位に低迷。宿敵マンチェスターユナイテッドには、8失点の歴史的な大敗を喫した。安く買い求めた選手を育て上げ、スピーディーなパスサッカーを展開していた往年の姿は、今や見る影もない。彼らのその哲学が本当に限界に達してしまったのかどうかは、今シーズンの成績で明らかになろう。

 無名だった安物を数年後に高値で売りつける“幼稚なビジネス”に、クラブは慣れてしまったのかもしれない。
 セスクを放出せざるを得ない状況は十二分に予想できたにもかかわらず、古株のクリシーやエブエを惜しげもなく放出し、遂にはナスリの移籍を押しとどめることもできなかった。期限ぎりぎりにMFアルテタやベナユン、DFメルテザッカーらを獲得した一方で、ベントナーのレンタル移籍も許している。長期的な展望があったとはまるで思えない売買からは、まともな経営戦略は感じられない。エブエのケースのように余剰戦力とみなして売り払うならともかく、長期契約の更新が結べず、ぽんぽんと主力を手放していくのは、ナンセンスだ。
 開幕以降の不振は、いわば自ら招いたものだろう。主力の負傷が重なっているのは事実だが、7試合を終えたリーグ戦で15位という現状には目も当てられない。試合内容にも褒められたところはなく、新戦力がフィットしていないのは明らかだ。宿敵マンチェスターユナイテッドに8ゴールを献上してしまった不名誉は、ファンの記憶に永遠に刻まれるに違いない。彼らがセスクとナスリを相次いで失ったことを責めるのは、当然だ。

 今思えば、こうした日が来るのは必然だったのかもしれない。アーセナルがケチなことは誰だって知っている。報酬アップの要望に応えずに主力選手を手放したケースは、アシュリー・コールを筆頭に数え切れない。クラブは即戦力に大枚をはたかないというポリシーを守る一方で、ここ数年、毎年のように主力を惜しげもなく売却してきた。しかし、こうした経営のスタイルは、当然ながら有望株を獲得して育て上げるという哲学とは両立しない。
 主力に育て上げたばかりの選手を毎年のように放出していけば、チームはいつまで経っても強くならない。前年に比べて戦力が低下する以上、まずは開いた穴を埋めなければならなくなるが、簡単には埋められないからこそ、主力である。手っ取り早く代替できる人材を獲得しようとするならまだしも、アーセナルはあたかも意地になっているかのようにスター候補を獲り続けるのだから。その方が安いからなのか、あるいは、あくまで育成の哲学にこだわっているからなのか(というより、クラブがケチなのか、ベンゲルが育成の哲学に固執しているのか)は今ひとつはっきりしないが、はたからみる限り、近年のアーセナルがレベルアップよりもまず、レベルを維持する作業に追われてきたのは明らかだ。
 しかし、それでもベンゲルはどうにかこうにかやり繰りしてきたはずで、その手腕は今さら批判されるべきものではないだろう。若手のウィルシャーにチャンスを与えて主力に定着させ、ウォルコット、ディアビ、ソングといったムラの多い人材を活用しながらも、チャンピオンズリーグの出場権は確保してきた。
 だが、毎年、当然のように生じる穴を完璧に埋め続けていくことなどしょせん不可能で、必然的に選手はどんどん小粒になっていった。それはたぶん、人材の育成が間に合っていないというよりも、獲得する人材の潜在能力が以前より低いことに起因しよう。少なくとも、アグレッシブで想像力にあふれたかつての攻撃スタイルが、今の選手たちに継承されているとは言い難い。
 快速に頼るウォルコットの狙いはワンパターンだし、中盤のパス回しはひいき目に見ても退屈だ。ロシツキーやアルシャビンが何かを起こそうとしても、他のメンバーにはそれについて来れるだけのセンスは感じられない。ことセンスの面では、率直にいってファンペルシーですら物足りない。攻撃陣の中でアルシャビンが浮いて見えるのは、むしろ彼が本来のアーセナルらしさをめざしているからのように思える。

 思えば、ロシツキーの長期負傷は分岐点だったのかもしれない。ドルトムントの10番にしてチェコのエースである人材の獲得は、緊縮財政かつ育成重視の方針とは明らかに異なるものであり、ファンは当時、ピレスの穴を埋める選手として大きな期待を寄せた。しかし、彼はその期待に応える間もなくピッチを離れることになり、その後、あまりにも長い時間、戻らなかった。
 それゆえベンゲルは、欠けたままのピースを埋めるためにナスリを獲らざるを得なくなったのだろう。そして言わずもがな、今やロシツキーに期待されていた役割を果たせるようになったナスリは、今季開幕前にマンチェスターシティへと去って行った。スター選手を売り飛ばしながら、それに代わるスター選手を獲得しようとしないクラブを批判する言葉を残して。
 これまで去って行った元主力の多くも、同様にスター選手を獲得しないクラブの姿勢を批判した。最初は、金のための移籍ではないと主張するための方便だったかもしれないが、ナスリのそれはもはや違うだろう。世界的な名声を欲する彼が、セスクまで失ったチームに希望を見出せないのはよくわかる。ユナイテッドやチェルシーはもちろん、バルサやレアルと本気でわたり合っていく意志があるように感じないのは当然だ。

 かつて、高額なビッグスターを獲得しない理由を問われるたび、ベンゲルは新スタジアム建設を理由にしていた。しかし、「世界で最も急成長を遂げている画期的な航空会社のひとつ」の名を冠した立派なスタジアムがてきた今、同じ言い訳はもう通用しない。ファンだけではなく選手に対しても、成功に向けた明確なビジョンを示す必要がある。そうでなければ、志が高く、正確な現状分析ができる選手を引き止めることはできない。限られた選手生命の中で最高の栄誉を求めている彼らに、新たな長期契約を望むのは難しい。
 アーセナル=アーセン・ベンゲルというブランドは、選手たちの中では確実に失墜しつつある。しかし、変わったのはたぶん彼ではなく、サッカーを取り巻く環境の方なのだろう。十年、二十年前であれば、毎年毎年、エース級の選手を3人も4人も獲得しようとするクラブなどあり得なかった。そして、大規模な下部組織を持ち、そこから育った選手に支えられて世界最強となったであろうチームが、自ら育てたはずの選手を40億円で買い戻すなんて馬鹿げた矛盾もなかった。
 ベンゲルは、こうした短期間の成功を追い求める金満クラブを相手にしつつ、あえて育成重視の哲学を掲げて戦い続けている。しかも、プレミアリーグという最高水準の舞台で。
 彼のポリシーが本当に限界に達しているのかどうかは、今シーズンの成績で明らかになるのかもしれない。勝負は、ウィルシャーとヴェルメーレンがカムバックしてからだ。

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高スポ執筆者

  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
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