« 杉岡頼みのクソサッカーになってきた | トップページ | 高温多湿ゲームは結果がすべて(その1) »

2017年7月16日 (日)

風間グランパスに意外と好感を持った

 チョウ監督就任直後の2012年ベルマーレを思い起こさせた。チーム構築の初期段階ならではのピュアさが感じられることには、ある種の好感がある。
(2017年7月1日 湘南ベルマーレ2-1名古屋グランパス ShonanBMWスタジアム平塚)

 
 グランパスは、ショートパスを交換する基本を徹底している最中という感じで、その徹底ぶりには清々しさを感じる。
 同じく風間監督が率いた川崎フロンターレと比較すると、言っても川崎には中村憲剛(や大久保嘉人)がいたので、革命理念の純度としては今の名古屋のほうが高いと感じた。1トップにシモビッチを起用していながら、クロスからヘディングシュートを狙わせる場面がほぼ皆無で、あくまでも頭(ヘディング)を使ってパス交換の的になる役割だったし。
 チーム理念を徹底させることに専念している印象で、その純粋さ、チームが同じ方向を向いて足並みがそろっていることには心打たれる部分がある。
 
 まあ、純粋さだけで「意外と」好感をもっていられるのは他人事だからではある。
 風間革命は、技術偏重・守備不在・異端排斥の三位一体なので、負の側面もある。磯村が脱出し、コバショーにオファーが届いているという状況で他サポがマイナス面を無視して(あるいは織り込み済みで)「案外と好感度が高いね」とか言うのは名古屋サポにとっては苛立たしいだろう。それは申し訳ない。
 
 そもそも、風間監督がめざす方向性自体に賛否があるだろうし、そこを問われると私もネガティブに捉えている。
 風間理論の文脈で考えると田口泰士がチームの中心なのだろう(そういう論評は数多くみられる)。でも、私はグランパスの中心(というか、心臓、ダイナモ)はアンカーを務めていたワシントンだと思った。
 ボール扱いの技術(たぶんポジショニングも含むのだろう)に偏重した選手起用で本職DFがポジションを失い、軽量化した最終ラインをフォローするためにアンカーのワシントンがキーマンだった。ジネイとハイボールを競る役割を担い、守備を気にかけ、ビルドアップに参加し、時に前線にも飛び出す。
 
 最初に純化した理念を徹底し、徐々に応用編に入っていくのが普通なのだと思うし、湘南で見ていたものはそうだった。「全員守備・全員攻撃」「皆が同じようにボールを扱う」「特別な選手は置かない」といった2012年当初の湘南の理念は、早々に対応されたのだが、シーズン半ばに応用編に突入していた。キリノの獲得&馬場1トップの放棄が端的にそれを表している。
 一方で名古屋グランパスはまだ純化を進めている段階だ。異分子の排除が現在進行形なのだから。ただ、そういう編成面の歪みを解消したからとって応用編に入るかは不明だ。
 入門編→応用編という進路ではなく、レベル1→レベル2→・・・という進路が予想される。名古屋サポは川崎の現状を見ながら革命の完成予想図を描いているのだろうが、川崎には憲剛がいて応用編を体現していたのであって、レベルアップだけで川崎のようになるのかは疑問がある。
 
 湘南サポとして言うと、名古屋がしくじってくれるのはありがたい。ただ、その一方で、川崎にはない金の力で「真の風間革命」を成就するのであれば、それはそれで興味深いとも思っている。
 うむ。下品な結論で、名古屋サポに対しては重ね重ね申し訳なく思う。
 けど、どうせいつかまた金の力でねじ伏せられるんだ、という絶望感に似たものも抱いているのだよ、こっちは。

« 杉岡頼みのクソサッカーになってきた | トップページ | 高温多湿ゲームは結果がすべて(その1) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/106060/65541184

この記事へのトラックバック一覧です: 風間グランパスに意外と好感を持った:

« 杉岡頼みのクソサッカーになってきた | トップページ | 高温多湿ゲームは結果がすべて(その1) »

高スポ執筆者

  • 荒木又三郎
    高スポ創刊者にして主筆。ACミランを愛する後天性フランス人。高スポ編集雑記に本音をぶちまける。
  • 三鷹牛蔵
    高スポの陰の支配者。湘南ベルマーレを愛する先天性ジャパニーズ。

姉妹ブログ


三鷹牛蔵twitter

無料ブログはココログ